面影の中に『空』を見る
子月豕
第1話 心のこもった方位磁石
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
花束を壊れたガードレールの近くに置いた。
君の面影を探してしばらくたった。
あの日もやけに彼岸花がきれいだったのを覚えている。
それぞれの家への分かれ道手前、ここで君は消えてしまった。方位磁石を遺して・・・
ふわっとした風が彼岸花の花弁を運んでいった。その先には川があった。
今でも君の言葉を覚えている。
だけど、君がいたという軌跡が私の中から抜け落ちていくのを感じる。
冷たく、冷たくなっていく。
でも、君が遺した方位磁石を握りしめるたびに、熱いものを感じる。
まだ、まだ頑張れる、そう思える。
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
今思えば、君はずっと何かを逃れるように急いでいた。
それは何か、私にはわからなかったが、今ならわかる・・・消失だ。
人は二度死ぬ、そう言われている。
一度目は生命を失ったとき。
二度目は忘れられた時だ。
君は誰よりも、生き恥をさらしていたのだろう。それでもいいから生きていたかったのだろう。
もしくは、失わないために、全力だったのだろう。
家族や友人は、乗り越えるために頑張った。だが、私は乗り越えられなかった。
それを引き起こすことさえ、狙いだったのかもしれない。
どれも憶測の域を出ないが、不思議と確信があった。方位磁石がカタカタと震えていたからだ。
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
君がいなくなってから幾度となく季節が過ぎた。
柔らかい春風が私を通り抜けた。
明るい夏の日差しを私は遮った。
穏やかな秋の景色が色あせて見えた。
冬の銀世界に寒さしか覚えなかった。
君がいたころは、そんなことはなかった。
恋をした、結婚もした、子供もできた。
あぁ幸せだった。でもなぜかそれを是とすることができない。
愚かだ・・・とても愚かだと思う。
乾いた風が私にはちょうど良かった。
乾いた風が私の心を深く撫でた。とても冷たかった。
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
あぁ丁度、この音が聞こえるようになった頃だな。
その妻とは離婚をした。
私が彼女にずっと君の面影を見ていたからだろう。
私は愚者だ。だが、それでも構わない。君とやり直したかったからだ。
いない君を求めて、君の誕生日と命日にここにきている。妻がいた時も欠かしたことはない。
ここに来る度に君と話している気持ちになる。
誰かといた気持ちに・・・呆れるだろう?
遠くに見える川の近くには、彼岸花が咲き誇っていた。
道路に寝そべって、君を思い浮かべていた。
近くの彼岸花が鬱陶しくて、引きちぎった。
体が冷たくなった君は、もういない。
体がないなら作ればいいとさえ思った。
妻は君にそっくりだった。だけど、君じゃなかった。
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
あぁ私には何も残っていない。
君が遺してくれた、この方位磁石以外なにも。
その方位磁石の赤い針が、私を指し示した。
もう反対側には川があって、その先に彼女がいると言っているような気がした。
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
ふと君の姿が近くに見えた、だがそれは君ではないことが分かっている。
だが、顔を撫でてほほ笑んだ。なんとなく君のような気がしたんだ。
「愛している。今から君のもとに向かうよ。」
そう言って、しがらみを取り払った。
ピー・・・
電子音はもう聞こえなくなっていた
偽物の君の静止を振り払い、階段を上り、川の前に着いた。
こんなところに柵があったかな?
疑問を抱きながら、それを乗り越えて、川の端に立った。
今から向かうよ。
爛爛と輝く彼岸花が、川の向こうに、広がっていた。
待っていてくれ。
足を踏み出すと、一瞬の浮遊感の後、深く深く沈んでいった。
目が覚めると、冷たい太陽が降り注いでいた。
だが、対岸にはつけなかったようだ。
近くに船が置いてある、これで向かうことにしよう。
川の向こうの彼岸花が爛爛と輝いていた。
「行っちゃダメ!」
そう、後ろから聞こえた。
「おいで。君を待っているよ。」
そう、前から聞こえた。
私はどうすべきだろう。
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