巨星病む

第782話 病状

 明石から見ても楓の成長は異常だった。配属一ヶ月で彼女の相手が務まるのは明石だけになっていた。それどころかシミュレータでの訓練では明石も苦戦と言うより逆に追い込まれることも多くなっていた。いつもの通り隊長室の端末のモニターで第六艦隊所属第一特機戦団相手にまるで子ども扱いするような余裕の教導を行っている明石の部下達。だがその中でも楓の働きには目を見張るものがあった。


「おい、明石」 


 画面に夢中だった明石が突然の人の声に驚いて目を剥くとそこには別所が立っていた。


「なんや、晋の字か。ちゃんとノックぐらい……」 


「したんだがな。俺もそれほど暇じゃないんだ」 


 そう言うと別所は明石の執務机の前に置かれたソファーに腰を下ろす。


「嵯峨大公の姫君か。お前が入れ込むのも当然だな。先週はうちの若いのも天狗の鼻を折られて良い体験をさせてもらったよ」 


 別所はそう言うと携帯端末を取り出す。


「おべんちゃらを言いに来たんか?ほんま、暇やな」 


 そう言って向かいのソファーに腰を下ろす明石に苦笑いを浮かべるが、すぐに別所の顔は真剣なものへと変わる。


「保科さんが入院した」 


 別所の言葉にそれまで浮かんでいた明石の笑みが消えた。


「病気か?お前一応医者の免許もっとんのやろ?どないなっとる」 


 予測はされていた事実とは言え、二人の表情は自然と暗くなった。


「今度は消化器系から転移しての肺ガンらしい。しかもかなり進行しているそうだ」 


 それだけ言うと別所はテーブルの上に置かれた安いライターを手に取る。


「ガン言うたら手術どころかレーザーでもなんとかなるんや……」 


「初期のガンならばその通りだ。さらに最近は転移が無ければほぼ治癒率は90パーセントを超えている」 


 実業義塾大学医学部出身だけあって、その深刻そうな表情には嘘はないように見えた。現在二派に分かれて権力闘争を続けている胡州貴族達をまとめているカリスマの病状。それが重大な意味を持つことは誰の目にもあきらかだった。


「肺以外にも……」 


「ああ、俺が聞いた範囲では胃から下、十二指腸、小腸、大腸、直腸。どこもぼろぼろらしい」 


 その言葉に明石は唇をかみ締めた。


「もって……どれくらいだ?」 


 沈痛な明石の顔を見ると、別所は大きく深呼吸をした。


「おそらく会話などの意思疎通が出来るのは今月一杯。生命維持装置をつけても半年が良いところだ」 


 別所の言葉に明石は身震いが走った。胡州の重鎮、保科家春が倒れればそれまで彼を緩衝地帯として直接の対決を避けてきた西園寺、烏丸両派は間違いなくぶつかることになる。そしてその仲裁することが出来る人物は一人しかいなかった。


「嵯峨殿の胡州復帰は……」 


 すがるような明石の言葉に別所は静かに首を横に振った。


「なんでも現在は、東海州の騒動で手が離せない状況だそうだ」 


 嵯峨惟基公爵。今は遼南の武陽帝として帝位にある彼がほんの数日前、胡州への帰属を求めて反旗を翻した花山院家の東海州を制圧した話は明石も聞いていた。そしてその無茶な独立戦争を煽ったのが烏丸派の有力者清原和人であることも知ることが出来る位置に明石はいた。


「自分で自分の首を絞めたいうことやな。それにしても……タイミングが悪すぎるんちゃうか?」 


 明石はそう言うしかなかった。


「それだけじゃない。烏丸殿が枢密院の秘匿会議を開いて終戦協定で追放リストに載せられた政・官・軍の全員の追放解除を決定したそうだ」 


 その言葉に明石は言葉を失った。当時、外務官僚だった西園寺基義を窓口に強引に遼北との電撃的休戦協定締結を成し遂げた保科内閣が切り札として遼北に示した有力貴族を含む政治家や官僚、軍人の追放措置。それを保科家春が倒れるとすぐにやってのけた烏丸頼盛公爵のあからさまな地球諸国への挑発行動にただ呆れるしかなかった。


「そないなことしたら……」 


「早速遼北は反胡州キャンペーンを国営メディアを総動員してかけはじめたって話だ。大麗や西モスレムも追随するのは間違いない。そうなれば胡州の同盟加盟は水泡に消える。これまでは同盟加入は烏丸派の錦の御旗だった訳だが……要するにそれはただのポーズだったと言うことだ」 


 別所の言葉を否定できるような材料は明石の知識には無かった。

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