自宅捜索
第692話 休日の朝
翌日の朝。誠は気まずい雰囲気の中食事をとっていた。右隣にはかなめ、左隣にはアイシャ。どちらも今日は休暇を取ることにしていた。
「吉田少佐の自宅に行ってどうにかなるのか?」
トーストを囓りながら正面のカウラがつぶやく。誠もその言葉にただ苦笑いを浮かべる。考えていみればその通りだった。
「ともかくそこからだろ?それにアイツの自宅。見たことないしな」
「かなめちゃん……単なる個人的な好奇心?それなら休みなんか取るんじゃ無かったわ」
すでに食事を終えたアイシャがゆったりとコーヒーを啜りながら目を誠越しにかなめに向ける。かなめは不機嫌そうにスクランブルエッグの皿を手に持つとそのまま口に流し込んだ。
「自宅に行ったとする。不在ならどうする?」
カウラの言葉に誠も大きくうなづいてかなめを見つめる。かなめはといえばスクランブルエッグの皿を景気よさげにテーブルに叩きつけるとぬるいコーヒーを一気に口に流し込んだ。
「あれだ、アイツが制作に絡んでたアーティストの所属会社を片っ端から訪ねてだな……」
「かなめちゃん。それだといつか通報されるわよ。一応、名の通ったアーティストの居場所を訪ねて回るなんて……ストーカー以外の何者でもないじゃない」
アイシャの言うように誠もただ呆れるしかなかった。ただ、こうなったかなめはガス抜きでもいいからすこしばかりいうことを聞いてやる程度はしなければならないのはいつものことだった。
「まあそれでダメならまた叔父貴に聞くさ、一番付き合いが長いのは叔父貴だからな。自分じゃ動かねえがアタシ等にヒントくらいくれるだろ」
「最初からそうすればいいのに……」
「アイシャ!何か言ったか!」
「別に」
はじめの乗り気とは打って変わってめんどくさそうに答えるアイシャに誠は大きなため息をついた。
「それにしても……あんまり食べないわね。誠ちゃん」
トースト一枚とスクランブルエッグ。それにソーセージ一本で食事を終えた誠を不服そうにアイシャが見つめていた。
「まあ朝ですから」
「昨日は飲んで無いじゃないの……もしかして何か作ってるの?」
誠の趣味のフィギュア作りの話を聞き出そうとしているアイシャだが。誠には特に話すことは無かった。
確かに正月に実家に帰ったときに道具の一式は持ってきていたが、それは倉庫に眠ったままでとりあえず手を付けるめども立たない。それ以前にこのうるさい三人娘の相手で心の余裕は久しく失われていた。
「久しく作ってはいないんですが……食欲がないのは、今日はいろいろとありそうなので」
「いろいろありそうなら食っとけ!」
かなめが自分の皿の上のソーセージを誠の皿に移す。そしてにんまりと笑うわけだが、食欲のわかない誠はどうにもただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。そんなかなめをカウラは冷ややかに見つめている。
「なんだよカウラ。気が向かないなら来なくて良いぞ」
「行かないとお前が何をするか分からないんだ。ついていくよ。それにどうせ私の車をあてにしているんだろ?」
皮肉めいた笑みを浮かべながらカウラは静かにそうつぶやいた。
仕方なく誠はソーセージを食べる。味気ない感じ。
「旨いか?」
「ええまあ」
形式的なやりとり。かなめは特に感慨も無いと言うように立ち上がる。
「じゃあ十分後に駐車場。アイシャ。遅れたら置いていくからな」
「かなめちゃんの車じゃないじゃない!勝手に決めないでよ」
「こういうことは誰かが決めないといけないんだ。ともかく遅れたら置いていくからな」
不服そうなアイシャを置いて立ち去るかなめをただ呆然と誠達は見送った。
「やる気ですね、西園寺さん」
「ろくでもないことになりそうだ」
誠とカウラはため息をつく。
「まあいいじゃない、楽しみましょ」
アイシャはただ一人やる気があるというように元気よく立ち上がった。
「準備ですか?」
「まあね」
そう言って誠とカウラは遅い朝食の食堂に残された。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
「まああれだ。ハンドルを握っているのは私だ。その意味はわかるだろ?」
カウラもそれだけ言うのが精一杯だった。確かにこの下士官寮に住むかなめ、カウラ、アイシャの三人が通勤や移動に使っているのはカウラの赤いスポーツカーだった。だがかなめも一応は自分の超高級スポーツカーを持っている。やるとなったら自分で動く可能性も無きにしもない。
「でも本当に大丈夫ですか?」
ソーセージを食べ終わると誠は念を押すように聞いてみた。カウラはただ儚く笑う。実際それ以上の事をカウラに求めることは酷だった。
「まあうちも遼北と西モスレムの軍事衝突が起きれば招集されるでしょうから……無理せずに行きますか」
誠は半分は自分自身に言い聞かせるようにしてそう言うと立ち上がった。カウラも力なくそれに続く。二人だけの食堂。二人の思いは一つ。場合によってはロマンティックな場面になるのだが、それがかなめと言うトラブルメーカーに頭を抱えての場面。気分はただ面倒くさいの一言に尽きた。
「行きますか」
どうしても誠の出す声には倦怠感ばかりが浮き上がっているように感じられた。
誠はそのまま食堂を飛び出し、階段を上り、自分の部屋に飛び込む。遅れて行けばかなめの機嫌は確実に悪くなる。その原因に自分がなるのは得策ではない。
ジャンバーを羽織り、財布を持つとそのまま階段を駆け下りた。
「神前はやる気なのか?」
まるで不思議な生き物を見るように食堂を出たばかりのカウラが誠を見つめていた。
「とりあえず僕が西園寺さんの相手をしていますから、準備はゆっくりしてください」
「悪いな。助かる」
そう言うとカウラはゆっくりと階段を上がっていく。
誠はとってつけたような地味な玄関の靴箱からスニーカーを取り出して履いてそのまま道路へと飛び出した。
初春の風はまだ冷たい。仕方なくジャンバーのジッパーを閉めるとそのまま誠はポケットに手を入れて隣の駐車場に向けて歩き出した。
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