飲み会

第675話 練習終わり

「シャムちゃん!早すぎ!」 


 サラが背後で叫ぶ声が響く。シャムはそのまま思い切り走り出す。


 一気に暗い正門に飛び込みそのままロッカーに飛び込んで着替えを手に取ると奥のシャワー室に入った。


 入ると同時にセンサーで電気がついた。もうすでに終業から二時間以上経っていて人の気配はない。


「寒いなあ」 


 そう言いながらそのまま手前のシャワーを占領すると服を脱衣かごに放り込む。


「シャムちゃん……早すぎるよ」 


 ようやくたどり着いたサラ。その後ろには涼しい顔のカウラとアイシャが並んでいる。


「そう言えば、パーラが来ないわね。どうしたの?」 


 シャワーの水量を調節しているシャムの声にアイシャの顔が引きつる。


「そうだな。……どうしたんだ?」 


 カウラが服を脱ぎながらそう言うとしばらくアイシャは頭を掻きながら考えていた。


「言う?」 


「私は嫌よ」 


 アイシャに話題を振られてサラが首を振った。


「あれか……鎗田大尉がらみか……」 


 低い調子で悟ったようにカウラがつぶやいた。


「え!二人ってまだ別れて無かったの?」 


 シャンプーの泡だらけになりながらシャムが叫ぶ。アイシャは静かにユニフォームを脱ぎながら話し始めた。


「別れたのはもうとっくの話なんだけどね。またやり直したいとか言い出したのよ、あいつが」 


「それで昨日会った訳だ……本当にパーラもお人好しだな」 


 カウラはそう言いながらシャワーを浴び始める。


「私もそう言ったのよ。でもパーラはもうそのことは忘れたからちゃんと同僚として挨拶をしてくるって」 


「そう言うのは未練が無い人はしないのよね」 


 アイシャの言葉にサラはうなづく。シャワーの音が女子シャワー室内に響いている。


 鎗田司郎。司法局実働部隊技術部の曹長だが彼の率いる技術部機関部員は運行艦『高雄』の整備点検の為、常に『高雄』が係留してある東都の東200kmと離れた港町、新港に常駐していた。


しかし正直、技術部での彼の評価は高いものでは無かった。


 部隊設立と同時にパーラと付き合い始めたと言う時点で男性ばかりの豊川勤務の技術部整備班の面々が面白く思うわけがない。だが、アイシャ達運行部の面々まで敵に回すことになったのはさらにある出来事がきっかけだった。


 突然のパーラへの電話。それは鎗田が未成年との交際が発覚して警察署に連行されたと言う内容のものだった。パーラは彼女より激昂している鎗田の上司である許明華をつれて新港へ向かった。


 そこで何があったのかはシャムも知らない。実際平然とシャワーで髪を流している情報通を自称するアイシャも詳しくは知らないとシャムも思っている。ともかく鎗田は釈放されて特にニュースにもならなかったところからみても、部隊長の嵯峨あたりがもみ消したのか、それとも単なる誤解だったのか。ただそれ以来パーラは鎗田の話題を持ち出すことを避けるようになっていた。


「でも本当にいいの?」 


 バスタオルで体を拭きながらのシャムの言葉。アイシャは聞こえていないというようにじっと頭からシャワーを浴びている。


「本人の問題だ。私達が干渉するようなことは何もない」 


「いいこと言うわね、カウラちゃん。胸が平らなわりに」 


「最後の言葉は余計だ」 


 アイシャがいつもの軽い口調に戻ったのをみて事態はそれほど深刻ではない。そうシャムは思った。


「それに……今回はお姉さんも電話で釘を刺してたみたいだから」 


 少しくらい調子でアイシャがつぶやく。だがシャムはお姉さんことリアナが穏やかな調子で鎗田を諭すのを想像して少しばかり安心していた。


「それじゃあ大丈夫だね」 


 下着を着けてズボンに足を通す。シャムより少し遅れてサラもシャワーを出た。

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