午後のお仕事

第652話 教導のお仕事

「じゃあお仕事お仕事……」


 ズボンに手を突っ込んだまま吉田は詰め所から出て行った。吉田についてシャムは部屋を出ようとする。


「じゃあ行ってくるね!」 


「おう!行って来い!」 


 ランに見送られてシャム達は部屋を出た。アンが心配そうな表情で後に続く。そんな一行の目の前には技術部の古参兵と管理部の背広組と警備部の新人二人を連れた菰田だった。


「あ、吉田少佐。ありがとうございました!」  


 脂ぎった顔を驚きで満たした表情で菰田が吉田に頭を下げる。その顔がにんまりとした笑みに変わりながらあがってくるのを無表情で見つめていた吉田が首をかしげる。


「え?何が?」


「あの、伝票……本当に助かりましたよ」 


「ああ、その件ね。あのさあ。俺達に面倒ごと押し付けるの止めてくれないかな?」 


 淡々と言葉をつむぐ吉田を見て笑顔が急に凍りつく菰田。周りの『ヒンヌー教徒』達も吉田の表情の変化に全身系を集中している。伝説の傭兵として知られた変わった経歴の持ち主の義体使い。相手にするにはあまりにも異質で理解を超えている存在を前にしての緊張。そして明らかに吉田は菰田達を良く思ってはいない。


「……以降気をつけます!」 


「ああ、分かってくれりゃあいいよ」 


 吉田の言葉が終わらないうちに菰田は自分の島の管理部に飛び込んだ。取り巻きもそれぞれに自分の部署へ小走りに消えていった。


「痛快ですね!」 


 アンの言葉に同じような冷たい視線を浴びせた後、吉田はシャム達を引き連れてそのままハンガーが見える踊り場へと歩き出した。


「アン君。ほら、見てるじゃないの」 


 シャムが見たのはガラス張りの管理部の部屋でじっとシャム達をにらみつけている菰田の姿だった。吉田はと言えばまるで相手にする気は無いというようにそのままハンガーへ降りる階段を下っている。


「ああ、島田班長から聞いてますよ。例の件ですね!」 


 降りてくる吉田達をいち早く見つけたのは待機状態のまま固定化されている司法局実働部隊の隊長嵯峨の愛機、『カネミツ』の入った巨大な冷却室のスイッチをいじっていた上等兵だった。彼はそのままシャム達に敬礼するとはしごから降りて走り出す。


 階段を降りきったところでシャム達がハンガーの入り口のあたりを見ればグローブをはめたままの古参兵達と先ほどの上等兵がなにやら話をしているところだった。


「あいつ等も偉くなったもんだな」 


「だってそれなりの仕事はしてくれているじゃん」 


「まあな」 


 吉田がしぶしぶ苦笑いを浮かべるのを見ながらなぜかシャムはうれしい気分になった。


『絶対に貴様だけは守ってやる』


 その昔、故郷、遼南の内戦の激戦の中、吉田はシャムにそう言ったことがあった。それからは一時期シャムが軍を離れて農業高校に行っていた時期以外はほとんど一緒にすごしてきた。


『やっぱり俊平は頼りになるな』


 昔を思い出すとなぜかいつも顔が自然とニコニコしてくるのがシャムはうれしかった。


 そんなシャム達に向かって先ほどの上等兵が再び駆け寄ってきた。


「班長から案内するようにとのことを言い付かりました」 


「いいよ、自分の機体だぜ。場所くらい……」 


「それが……あの……」 


 そのまま上等兵を置いていこうとする吉田に上等兵は煮え切らない表情を浮かべた。


「なんだよ」 


「エンジン下して制御系の調整中でして……それはコードとかがぐにゃぐにゃ並んでまして……」 


 もじもじつぶやく上等兵に一瞬無視して歩き出そうとした吉田だがすぐにシャムとアンを振り返って立ち止まった。


「あれか……ヨハンのデータバックアップ作業の機材がそのまま接続されてるんだろ? じゃあ頼むわ」


「ありがとうございます!」 


 上等兵は歓喜の表情で歩き出す。シャムは彼を見ながら彼の様子を入り口のあたりでじっと見守っていた古参兵に囲まれた島田の様子を見て安堵の表情で吉田達に続いた。

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