第528話 ライバル
『カットー!喜びすぎ!ってかそこ喜ぶところじゃない!驚くの!驚いて!』
跳ね回るシャムをアイシャが怒鳴りつける。小夏はと言えばそのまま疲れたというように座り込む。そして画面にモニターが開いてアイシャの顔が写る。
『ったく……シャムちゃん!そこはまず驚いて、そこから戸惑いながら姉妹で見詰め合う場面だって言ったでしょ?はい!やり直し!』
「馬鹿が!」
かなめはそう言うと立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「ヤニ吸ってくる」
そう言ってかなめは手にしたタバコの箱を見せる。誠はすぐに画面に視線を戻した。
「ったくああいうのにしか興味ねえのかな……」
かなめはポツリとつぶやいて出て行く。誠がカウラを見ると、呆れたとでも言うようにため息をついている。
『わあ、なんで?これがもしかして……』
画面が切り替わり撮影が再開したようだった。かなめがいなくなったことを良いことにかえでと渡辺はさらに顔を突き出してくる。誠は少し椅子を下げるが、下げた分だけ二人はばっちりと誠の端末の画面の正面を占拠してしまった。
『そうだよ。君達は選ばれたんだ。愛と正義と平和を守る戦士に!』
グリンの声にシャムと小夏の表情は一気に明るくなる。
『じゃあおねえちゃんがキャラットサマーで私がキャラットシャムね』
『なによそれ』
本心から呆れたような表情で小夏は妹役のシャムを見つめる。
『名前よ!無いと格好がつかないじゃん!』
そう言ってシャムは小夏の手を握り締める。それを見つめて無言で頷いているかえでと渡辺に誠は明らかに違和感を感じたが、いつもかえでの件で小突かれてばかりの誠は突っ込むのも怖いので手を出さないことを決めた。
『さあ……機械帝国を倒すんだ』
そう力の入らない口調で言葉をつむぐグリンを見つめるシャム。隣に立つ小夏はそんな妹役のシャムを不安そうに見つめる。シャムの表情にはどこかさびしげな影が見える。そして誠は引き込まれるようにしてシャムの言葉を聞くことにした。
『違うよ、それ』
シャムはポツリとつぶやく。突然音楽が流れ始める。悲しげでやるせなさを感じる音楽にあわせてシャムは遠くを見つめるように空を見つめる。
「吉田さんの即興かな?」
彼女の涙に濡れる顔が画面に広がる。
『確かにグリン君が言う通りかもしれないけど。確かにあの魔女はグリン君の大事な魔法の森を奪ったのかもしれないけど……。でもそう言う風に自分の意見ばかり言っていても始まらないんだよ』
『そんなことは……あいつは森の仲間を殺したんだ!そして次々と世界を侵略し……』
激高するグリンを手にしたシャムはそのまま顔を近づける。
『でもぶつかるだけじゃ駄目なんだよ。相手を憎むだけじゃ何も生まれないよ!』
「やっぱり出た!お前はいったいいくつなんだ展開!」
誠が手を叩くが、さすがにこの誠には付いていけないというようにかえでと渡辺はそんな誠を生暖かい目で見つめている。
『理解しあわなきゃ!気持ちを伝え合えなきゃ!そうでないと……』
『シャム!そんなのんきなことが言える相手じゃないんだろ?世界の危機なんだろ?』
そう言って小夏は武器である魔法の鎌を構える。
『アタシは戦うぞ!守るものがあるからな!親父とか姉貴とか……』
そう言って小夏は小柄なシャムの頭を叩く。だが、釈然としない面持ちで手のひらサイズの小熊を地面に置くと杖を構えた。
『じゃあ、誓いを立ててください。必ず悪を退けると!』
『ああ!』
小夏は元気に返事をして鎌をかざす。そしてそれにあわせるようにシャムも杖を重ねる。
『きっと倒してみせる!邪悪な敵を!』
『いつか必ず分かり合える日が来るから!』
小夏、そしてシャムの言葉で部屋が輝き始める。その展開にかえでと渡辺は目を輝かせる。
「ナンバルゲニア先輩のアドリブか。アイシャさんが駄目出ししなかったけど……後で台本変更があるかもしれないな」
誠は画面の中で変身を解いて笑うシャムと小夏を眺めていた。そこに脇から突然声が聞こえた。
「なるほど……そうなんですか。さすが先輩は詳しいですね」
「うわーぁ!」
誠はもう一人の部屋の中の存在、彼が忘れていたアンに声をかけられて飛びのく。
「そんなに驚かないでくださいよ……」
アンはそう言って胸の前で手を合わせて上目遣いに誠を見上げてくる。脂汗を流しながらそんなアンを一瞥した後、画面が切り替わるのを感じて誠は目を自分の端末のモニターに戻した。
場面が変わる。画面は漆黒に支配されていた。両手を握り締めて、まじめに画面を見つめるかえでと渡辺に圧倒されながら誠はのんびりと画面を見つめた。誠の背中に張り付こうとしたアンだが、きついカウラの視線を確認して少し離れて画面を覗き見ている。
画面に突然明かりがともされる。それは
「機械帝国なのに蝋燭って……」
さすがに飽きてきた誠だが、隣のかえで達に押し付けられて椅子から立ち上がることができないでいた。
『メイリーン!機械魔女メイリーン!』
「あれ?何で僕の声が?」
確かにその声はかえでの声だった。渡辺も不安そうにかえでを見つめる。
「ああ、吉田さんのことだからどっかでサンプリングでもしたんじゃないですか?」
あっさりとそう言うと誠は画面に目を映す。
黒い人影の前でごてごてした甲冑と赤いマントを翻して頭を下げる凛々しい女性の姿が目に入る。
『は!太子。いかがなされました』
声の主は明らかに技術部部長許明華大佐のものだった。そして画面が切り替わり、青い筋がいくつも描かれた典型的な特撮モノの悪者メイクをしてほくそえむ明華の顔がアップで写る。
『余の覇道を妨げるものがまた生まれた。それも貴様が取り逃がした小熊のいる世界でだ……この始末、どうつける?』
誠はそんなかえでの声を聞きながら隣で画面を注視しているかえでに目を移した。言葉遣いやしぐさはいつものかえでのような中性的な印象を感じてそこにもまた誠は萌えていた。
『確かにこの人なら女子高とかじゃ王子様扱いされるよな。さすがアイシャさんは目ざとい』
そんな妄想をしている誠に気づかずかえではただひたすら画面にかじりついている。
『は!なんとしてもあの小熊を捕らえ、いずれは……』
明華こと機械魔女メイリーンは必死に頭を下げる。かえでの声の影だけの王子頷いている。
『へえ、そんなことが簡単にできるってのか?捕虜に逃げられた上にわざわざすっとんで帰ってきたオメーなんかによ』
突然の乱暴に響く少女の声。陰から現れたのは8才くらいの少女。赤いビキニだか鎧だか分からないコスチュームを着て、手にはライフルなのか槍なのかよく分からない得物を手にした少女に光が差す。そのどう見ても小学生低学年の背格好。そんな人物は隊には一人しか居なかった。
「クバルカ中佐……なんてかわいらしく……」
「あのーこれがかわいいんですか?」
画面の中ではさっきまでこの部屋で文句をたれていたランが不敵な笑みを浮かべながら現れる。誠は耳には届かないとは思いながらすっかり自分の脇にへばりついて画面を覗き込んでいるかえでにそう言ってみた。
『ほう、亡国の姫君の言葉はずいぶんと遠慮が無いものだな』
そう言ってそれまで悪の首領っぱい影に下げていた頭を上げると、機械魔女メイリーンは皮肉をたっぷり浮かべた笑いでランを迎える。
「おっ!ここでも見れるのか?」
誠は突然後ろから声をかけられてあわてて振り向く。そこには隊長の嵯峨がいつもの眠そうな表情で立っていた。
「ええ、まあ一応……西園寺さんが設定をしてくれましたから」
誠は照れながら頭を掻く。嵯峨はそのままロナルドの開いている机に寄りかかると誠達の後ろに陣取ることを決めたように画面を見つめている。
「なんだかなあ」
誠はそのまま画面の中でお互いににらみ合う明華とランの姿を見ていた。
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