第426話 情報収集
「ったくよう。あれじゃあ看護師が欲しいなんて言えねえよなあ。民間の病院の医師の方が数十倍仕事をしてるぜ」
「そうよね。でもまあ出動時には一番の頼みの綱だもの。普段は英気を養っていてもらわないと」
珍しくかなめとアイシャが意見があったというようにうなづきあう。それを見ていた誠が立ちひざのままコタツに向かう。
急に腹の虫が鳴いた。それを聞くとアイシャの表情が変わった。元々切れ長の瞳には定評があるアイシャだが、さらに目を細めるとその妖艶な表情は慣れている誠ですらどきりとするものがあった。
「あら?神前曹長のおなかが……」
アイシャはそう言うと舌なめずりをした。当然かなめのタレ目も細くなって誠を捉えている。
「仕方ないだろ。時間が時間だ。それに貴様等が神前を外に出しておくからエネルギーの燃焼が早まったんだ」
二人の暴走が始まる前にとカウラの言葉が水をさす。
「そうなの?誠ちゃん?」
アイシャは今度は悲しそうな表情を演技で作って見つめてくる。誠はただ頭を掻くしかなかった。
「でもそうすると買出しか出前か……」
そう言いながらもかなめの手には近所の中華料理屋のメニューが握られている。
「出前だろ?決まってるなら言うな」
カウラの一言と無視して暮れてきた夕日と自然に付いた電灯の明かりの中でかなめは麺類のメニューを見る。そんなかなめを見ながらアイシャが人差し指を立てる。
「ああ、私そこなら海老チャーハン」
メニューの背表紙で店を推察したアイシャはそう言い切った。かなめはしばらく眉をひそめてアイシャを見つめた後、再びメニューに目をやった。
「アタシは麺類がいいんだよな……カウラ。貴様はどうするよ」
判断に困ったかなめはメニューをカウラに押し付けた。困ったような表情で誠を見た後、カウラは差し出してくるかなめの手の中のメニューを凝視した。
「あっさり味が特徴だからな……あそこの店は」
そう言いながらすでにカウラは食欲モードに入っていた。意外なことだがこの三人ではカウラが一番の大食だった。
基本的にカウラ達、人造人間『ラストバタリオン』シリーズの人々は小食で効率の良い代謝機能を保持している。運行部部長の鈴木リアナなどは『お姉さんと言えば半チャーハン』と言うキャッチフレーズをアイシャが考えるほど食欲とは遠い存在だった。
その中で代謝機能の効率化や食欲の制御、栄養摂取能力の向上研究の成果はカウラには見られなかった。172cmの身長の彼女だが、時としては186cmの誠よりも食べることがある。そしてこう言う出前のときもしばらく選択に迷う程度の食へのこだわりがあった。
「私もご飯物がいいな。出来れば定食で……回鍋肉定食か……それでいいか」
そう言うとカウラはメニューをかなめに返す。そしてかなめはそのメニューを誠からも見える位置に置いた。
「おい、神前はどうするよ」
かなめのタレ目が誠を貫く。こう言う時はかなめは誠と同じものを頼む傾向があった。そしてまずかったときのぼろくそな意見に耐えるのは気の弱い誠には堪える出来事だった。
「そうですね」
先ほどかなめは麺類を食べたいと言った。ご飯ものを頼めば彼女が不機嫌になるのは目に見えている。
「五目……」
そこまで言ってかなめの頬が引きつった。誠はそれを見て五目そばは避けなければならないととっさに判断する。彼女は野菜は苦手なものが多い。そこで誠は視点を変える。
「じゃあ
「じゃあアタシも同じと言うことで頼むわ」
そう言ってかなめはメニューを誠に投げる。受け取った誠はすぐに端末を開いて通信を送り注文を済ませた。
「じゃあご飯も用意できたことで」
アイシャはそう言って後ろの棚に四つんばいで這って行く。誠が振り向くと誠に手を振りながら帰って行く運行部の女性士官が目に入る。
「おい、神前。色目使って楽しいか?」
背中から投げかけられたかなめの声に誠は我に返って正座していた。空腹のかなめの神経を逆なでしてと苦になることは一つもない。
「ちょっと!」
戸棚に頭を突っ込んでいたアイシャが叫ぶ。彼女の奇行に慣れている誠達はそれを無視した。
「ちょっとって!」
戸棚から書類の入ったファイルを手にしてアイシャが顔を出す。その手に握られたファイルを見てようやく誠達はアイシャが何かを見つけたことに気づいて耳を貸す心の余裕を持つことにした。
「なんだよ……つまらねえことなら張り倒すからな」
そう言いかけるかなめだが、アイシャの手にあるファイルが輸送予定表であることに気づいて怪訝な顔でそれに目をやった。
「なんだ?そんなファイル。何か大物でも搬入する予定があるのかね」
そう言ってかなめが明らかに不自然な厚さのファイルを手に取るが、彼女がその表紙をめくったとたん、表情が瞬時に緊張したものへと変わった。
「神前。そこの窓閉めろ」
かなめの表情からそのファイルの重要性を理解した誠は、ゲートが見える窓に這って行き窓を閉める。
外では訓練の対象には選ばれなかった早番の警備部の隊員が不思議そうに誠を見つめている。
「何かある……とは思っていたけどねえ……」
かなめはうなづきつつつぶやく。カウラはかなめの手のファイルを伸びをして覗き込んだが、すぐに黙り込んだ。
「まあマリアの姐御がわざわざ暇な私達をここに呼んだってことで何か搬入があるんじゃないかとは予想は出来ていたけどね」
アイシャがそう言うと出がらしの入った急須にポットのお湯を注ぐ。
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