警備活動

第422話 門番

 ハンガーではすでにトレーラーに搭載された誠の05式をワイアーで固定する作業が続いていた。


「あれ?カウラさん達は……」 


 目の下にクマを作って部下の作業をぼんやりと眺めている島田からの声にカウラは一気に不機嫌になる。


「門番の引継ぎだ!警備部が訓練に行くからその代役だ」 


「ああ、さっきアイシャさんがスキップしていたのはそのせいですか」 


 そこまで言うと島田はハンガーの隅に置かれたトレーラーの予備タイヤの上に腰を下ろしてうなだれる。


「辛そうだな」 


 カウラの言葉に顔を上げた島田が力ない笑いを浮かべていた。


「確かに……寝てないですからね、しばらく。ああ、今日は定時に帰りたかったなあ」 


 そう言いながら作業をしている部下達を眺める島田の疲れ果てた背中。同情のまなざしを向けるカウラの肩をかなめが叩く。


「無駄口叩いてねえでいくぞ!」 


 かなめは歩き始めた。技術部の整備班の面々は班長の島田の疲れを察してか、段取り良くシートをトレーラーに搭載された05式にかけていく。その脇をすり抜けてかなめは早足でグラウンドに出た。冬の風にあおられてそれに続いていた誠は勤務服の襟を立てる。


「たるんでるねえ。それほど寒くもねえじゃないか」 


 笑うかなめだが、誠には北の山脈から吹き降ろす冬の乾いた空気は寒さしか感じなかった。振り向いたところに立っていたカウラもそぶりこそ見せないが明らかに寒そうな表情を浮かべている。


 そのまま正門に向かうロータリーへ続く道に出ると、すでにトラックに荷台に整列して乗り込んでいるマリアの部下である警備部の面々の姿が見えた。


「ご苦労なことだ。仕事熱心で感心するよ」 


 金髪の長身の男性隊員が多い警備部。良く見ると正門の近くで運行部の女性士官達が手を振ったりしている。


「今生の別れと言うわけでもあるまいし」 


 その姿に明らかにかちんときたような表情を浮かべて、かなめは勤務服のスカートのすそをそろえている。誠は愛想笑いを浮かべながら再び歩き始めたカウラについていく。


「あ!西園寺大尉とカウラさん……いやベルガー大尉ですか?」 


 通用門の隣の警備室からスキンヘッドの曹長が顔を出していた。彼は手に警備部の採用銃であるAKMSを手にして腹にはタクティカルベストに予備の弾倉をぱんぱんに入れた臨戦装備で待ち構えていた。


「これおいしいわよ!」 


 その後ろではうれしそうにコタツでみかんを食べているアイシャの姿がある。


「引継ぎの連絡はクラウゼ少佐にしましたから。俺達はこれで」 


 そう言うとスキンヘッドの曹長と中から出てきた角刈りの兵長は敬礼をしてそのまま警備部の兵員輸送車両に走っていく。


「遅いじゃないの!」 


 そう言うとアイシャはコタツの中央に置かれたみかんの山から誠、かなめ、カウラの分を取り分けて笑顔で三人を迎え入れた。


「これはシャムちゃんお勧めのみかんよ。甘くってもう……後を引いて後を引いて」 


 その言葉通りアイシャの前にはすでに二つのみかんの皮が置かれていた。それを見たかなめもぶっきらぼうな顔をして靴を脱ぎ捨てるとすぐにコタツに足を入れてアイシャが取り分けたみかんを手にすると無言でむき始めた。


「まあ自由にやって頂戴よ、カウラちゃんと誠ちゃんも」 


「なんだよ、あるじ気取りか?」 


 アイシャとかなめ。二人してみかんを剥くのに夢中になっている。顔を見合わせて冷めた笑いを浮かべると誠とカウラも靴を脱いで上がりこんだ。


「ああ、ゲート上げ下げはかなめちゃんがやってね。私は寒いから」 


「なんだよ!アタシがやるのか?」 


 口にみかんを詰め込んだかなめが四つんばいでゲートの操作ボタンのある窓へと這っていく。


「さて、今回私達がここに集まったのにはわけがあるのよ」 


「クリスマス会だろ?」 


 仕切ろうとした出鼻をカウラにくじかれてアイシャはひるむ。だが、再びみかんを口に放り込んでゆっくりと噛みながら皮を剥いている誠とカウラを眺めてしばらく熟考すると再び口を開いた。


「それだけじゃないわ。ランちゃんに聞いたけど……哀れでやけになったロナルド特務大尉はクリスマスだけでなく年末年始の間も勤務を希望しているらしいわ」 


「そうなのか……」 


 明らかに投げやりにカウラは返事をする。実際こういう時のアイシャに下手に口答えをするとうざったいだけなのは誠も知っていて、あいまいに首を縦に振りながら彼女の言葉を聞き流していた。


「それに年末の東都警察の警備活動の応援は手当が付くということで警備部の面々が定員をめぐって争っている状態だしねえ。コミケもシャム達が仕切るから私達は完全にフリーなのよ」 


「ああそうだな」 


 上の空でそう言うとカウラがみかんの袋を口に入れた。


「カウラちゃん。聞いてよ」 


「聞いてるって」 


 カウラはいかにも困ったような表情でアイシャを見つめる。


「つまりあれだろ。アタシ等は年末年始が暇になるってこと」 


 かなめはアイシャの言葉を聞いていたようで、兵員を満載した警備部のトラックの為にゲートを開けながらそう叫んだ。


「そうよ!それ。そこで私達がやるべきことが二つあるのよ」 


 高らかなアイシャの宣言にカウラは不思議そうな顔をする。


「二つ?クリスマス会だけじゃないのか?」 


「馬鹿だなあカウラ。クリスマス会とコミケでのアイシャの荷物持ちがあるだろ」 


「ああそうか」 


 納得してカウラはみかんをまた一口食べる。だが、そこでアイシャはコタツから立ち上がった。


「違うわ!一番大事なこと!家族のぬくもりに恵まれない私達三人に必要なイベントがあるじゃないの!」 


 その奇妙なまでに力みかえったアイシャの言葉に誠は明らかに嫌な予感を感じながらみかんを口に放り込んだ。


 そんなアイシャの雄たけび。誠の背筋を寒いものが走った。そしてその予感は的中した。


 アイシャの顔が作り笑顔に切り替わって誠に向かう。


「あの……なんですか?」 


 同情するように一瞥してかなめはゲートを閉じる。カウラは係わり合いになるのを避けるように二つ目のみかんに取り掛かる。


「誠ちゃんの家の正月って何をするのかしら?」 


 満面の笑み。そんなアイシャがじりじりと顔を近づけてくる。


「別に大したことは……」 


「そうだな。西園寺の家のように一族郎党集まるわけじゃないんだろ?」 


 カウラはそう言うと剥いたみかんを口に放り込む。だがアイシャはにやけた表情を崩さずに満足げにうなづきながら誠を見つめている。


「なるほどねえ、アイシャ。いいところに目をつけたな」 


 今度はいつの間にか誠の隣にやってきたかなめが身体を押し付けて耳元で囁いてきた。そのタレ目が誠の退路を断った。


「そんな普通ですよ。年越し蕎麦を道場の子供と一緒に食べて、そのまま東都浅草とうとせんげんにお参りして……帰ったら餅をついて……」 


「おい、それが普通だって言ったら島田に怒られるぞ。奴は確か家が蕎麦屋だったからな。正月にはトラウマがあるらしい」 


 そう言ってかなめは誠の頭を小突いた。言われてみて確かに父の剣道場に通っている子供達が集まるなどと言うことは普通はないことを思い出して誠は少し後悔した。


「え?誰が怒るんですか?」 


 警備室の窓の外から島田が顔を出している。後ろにあるのは誠の05式を搭載したトレーラー。運転席では西が助手席の誰かと楽しそうに雑談をしている。


「ああ、何でもねえよ!」 


 そう言うとかなめは四つんばいのままゲートを空けるボタンを押す。


「じゃあ明日はよろしくお願いしますよ!」 


 島田はそう言うと駆け足で車に戻って行った。トレーラーがゆっくりと走り出し、それを見送ったかなめはまた四つんばいで誠の隣に戻ってくる。


「ああ、西園寺。明日は直行じゃないからな。いつもどおりに出勤。技術部の車で現地に向かう予定だからな」 


 カウラはそう言うと周りを見回した。厳しい表情が緩んでエメラルドグリーンのポニーテールの髪が揺れる様に誠は目を奪われる。


「ああ、お茶ね……」 


 その様子を見たアイシャが察して奥の戸棚を漁る。かなめはすぐに入り口のドアの手前に置かれたポットを見つけると蓋を開けて中のお湯の温度を確かめる。


「しっかり準備は出来てるんだな。うれしいねえ」 


 かなめはそのままポットをコタツの上に置く。急須と湯のみ、それに煎餅の袋を棚から運んできたアイシャがそれを誠の前に置いた。誠はこの三人がゲート管理をするとなればそれなりの準備をしておかないと後が怖いと思った警備部の面々の恐怖を思って同情の笑みを漏らした。


「入れるんですか?」 


 そんな誠に三人の視線が集まっている。


「当然でしょ?神前曹長」 


 そう言ってアイシャがにんまりと笑って見せた。反論は許されない。誠は茶筒を手に取り綺麗に洗われた急須を手にとって緑茶の葉を入れる。


「お茶の葉、ケチるんじゃねえぞ」 


「はいはい」 


 濃い目が好きなかなめの注文に答えるようにして葉を注ぎ足した後、ポットからお湯を注いだ。


「そんな入れ方してたら隊長に呆れられるわよ。お茶はもっと丁寧に淹れなきゃ」 


 今度はアイシャである。緑茶の淹れ方については茶道師範の免許を持ち、同盟機構幹部の間では『茶坊主』と陰口を叩かれる隊長の嵯峨ならばいちいち文句をつけてくるだろうとは想像が付いた。


 だが目の前の三人はただ誠をいじりたいからそう言っているだけ。それがわかっているので誠はまるっきり無視して淡々と湯飲みに茶を注いだ。

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