第421話 ロリ副隊長

 技術部の各セクションの部屋を通過してハンガーへと出た誠達の前にはいつもなら隣の建物である車両置き場においてある人型兵器『アサルト・モジュール』の搬送用トレーラーが一台置かれていた。


 そしてその運転席では部隊の最年少で19歳の技術兵である西高志兵長が端末を手にじっと目の前の灰色の機体を見上げていた。


 司法局実働部隊の部隊として保有する12機のアサルト・モジュールのうちの一機。05式特戦乙型。そしてその担当操縦者は誠だった。


 すでに多くのメディアで紹介されてきた誠の機体は地球系植民惑星のすべてで、『誰か止めなかったの?』という落胆と『素晴らしい!感動した!』と言う賞賛を浴びる塗装が施されていた。それは全身に美少女ゲーム『ラブラブ魔女っ子シンディー』のエミリアちゃんと言うキャラが描かれていると言う痛い機体だったからだった。


「何を見上げているんだ……そうか、明日から東豊旗駐屯地の基地祭だったか」 


 特に関心は無いというようにカウラは誠の痛い機体を見上げる。世事に疎い彼女にはかわいい絵が描いてあるくらいの感想しかないのを知りながら誠は頭を描いた。


「でも人気ですよね、神前さんの機体。僕も何度かネットでこの塗装の05式乙型のプラモデルの写真見つけましたよ」 


 他意は無いのはわかるが誠にも年下の西からそう言われるとただ頭を掻くしかなかった。


「ああ、そう」 


 痛い目で見られるのは慣れている誠だが、こうしてカウラの澄んだ目で見上げられると恥ずかしく思えてきた。開かれたコックピットに顔を突っ込んでいた整備員までいつの間にか誠達を見下ろしている。


「なんだ?お前等。帰ってきてたのか。兄さんは……まだなんだな」 


 ハンガーから二階の執務室へ上がる階段の上で声をかけてきたのは高梨渉たかなしわたる管理部長だった。東和軍の背広組みのキャリア官僚から腹違いの兄である嵯峨惟基の首根っこを押さえる総務会計総責任者『管理部部長』の仕事をすることになった。


 その兄の嵯峨惟基とは似ても似つかないずんぐりむっくりした体型の小男が階段の上で待ち構えている。


「ああ、すいません。先日の備品発注の件は……」 


「それなら後にしてくれ!西兵長。島田君は?」 


 階段を急ぎ足で下りてきた高梨はそのまま西のところに向かう。取残された誠とカウラはそのまま面倒な話になりそうなので逃げるようにして上に向かう鉄製の階段を登り始めた。


 階段を登りきると目に入るのはガラス張りの管理部のオフィスが目に入った。軍服を着た主計任務の兵や下士官と事務官のカジュアル姿の女性が忙しく働いているのが見える。


「遅せーぞ!いつまでかかってんだ!とっとと来い!」 


 オフィスを眺めていた誠達を甲高い声が怒鳴りつける。アサルト・モジュール。特機と呼称される人型兵器の運用を任されている司法局実働部隊の中心部隊『機動部隊』の部隊長、本来は非番のはずのクバルカ・ラン中佐がそこに立っていた。いつもの事ながら誠は怒ったような彼女の顔を見ると一言言いたかったがその一言は常に飲み込んでいた。


『萌えー!』 


 勤務服を着て襟に中佐の階級章をつけ、胸には特技章やパイロット章や勲功の略称をつけているというのに、ランの姿は彼女が部隊屈指の古強者であるということにまるで説得力が無くなって見えた。その原因は彼女の姿にあった。


 彼女はどう見ても小学生、しかも低学年にしか見えない背格好だった。124cmの身長と本人は主張しているが、それは明らかにサバを読んでいると誠は思っていた。ツリ目のにらむような顔つきなのだが、やわらかそうな頬や耳たぶはどう見てもお子様である。


「非番じゃなかったんですか?」 


 カウラはいつも不自然に思わずにそのままランのところに足を向ける。


「第四小隊の復帰の話が来ただろ?あれで訓練メニューの練り直しが必要になってな。どうせ休日ってもすることもねーからな」 


 そう言いながらランはにんまりと笑って詰め所の中に消えた。


「怒られてんの!」 


 部屋には端末の前のモニター越しに入ってくる誠達をタレ目で見つめるかなめがいた。


「西園寺!無駄口叩く暇があったら報告書上げろ!オメー等もな」 


 そう言うとランは小さい身体で普通の人向けの実働部隊長の椅子によじ登る。その様子をわくわくしながら見つめる誠に冷ややかなカウラの視線が注がれていた


「ああ、仕事!仕事しますよ!」 


 そう言うと誠は自分の席に飛びつき、端末を起動させた。


「おう、仕事か?ご苦労なこっちゃ」 


 紫のド派手な背広に着替えた明石がついでのようにドアから顔を出す。そして手にしたディスクをつまんで見せ付ける。


「ああ、明石。お前さんが預かったのか」 


 ランはそう言うと椅子から飛び降りててくてくと明石に近づく。だが、その彼女の前に彼女の背格好くらいの大きさの山が動いてきて思わずランは身をそらした。


「亀吉!」 


 ランが驚いて叫ぶ。その小山はシャムの司法局実働部隊内部に連れ込んでいるペットその2こと、ベルルカンゾウガメ『亀吉』だった。大きさのわりに軽快なフットワークを誇る亀吉は大口を開けてランを威嚇している。


「慣れないんですかね。目つきの悪いお子様には」 


 嫌味を飛ばすかなめだが、彼女が一番亀吉を苦手としていることは誠もカウラも知っていた。


「あの餓鬼が……」 


 ふつふつと怒りを燃やしているように握りこぶしを作るランだが、再び亀吉が口を開いたのを見ると手を引っ込める。それを見て明石も弱ったような顔でディスクを隣の棚に置くと亀吉を持ち上げて奥のシャムの机の隣のケージに運んだ。


「おう、ありがとうな」 


「クバルカ先任も苦労しとるようやね。ほいじゃあ本部に戻りまっさ!」 


 そう言ってツルツルに剃り上げられた頭を叩くと明石は出て行った。ケージから出ようと暴れる亀吉のたてる音が部屋中に響く。


「シャム……持って帰れよ」 


 心のそこからの叫びのようにそんな言葉を搾り出すと、安堵した表情でランは自分の席へと戻っていった。


「ランはいるか?」 


 入れ替わるように入ってきた警備部部長マリア・シュバーキナ少佐にランは思い切りため息をついてみせる。それを見てショートカットの金髪を撫でながら笑顔を浮かべる長身のマリアが歩み寄ってくる。その二人を仕事をするふりをしながらかなめと誠は観察していた。


「そんな顔するなよ。一応司法局実働部隊のナンバー2はお前なんだ。それよりこれから訓練でかけるから声をかけようと思ってな」 


「アタシは非番の予定だったんだよ。それなら明華に言ったらいいだろ?」 


 さすがに疲れたと言う表情でランはマリアを見上げた。まるで小学校の先生と生徒である。誠は噴出しそうになるかなめをはらはらしながら眺めていた。


「閉所戦闘訓練だよなあ……もうそろそろ隊長やかえでのお嬢様がお帰りになるころか……ってオメー等!遊んでないで!」 


 自分が見られていることに気づいてランが叫ぶ。かなめと誠は頭を引っ込めた。隣では二人の上司と言うことでカウラが大きなため息をついてみせる。


「今日の訓練は歩哨担当も出すつもりなんだ。そこで……」 


 マリアはそう言うとカウラを見つめた。きょとんとした表情のカウラは自分の顔を指で指す。そしてそのまま視線を仕事をしているふりに夢中な誠とかなめに向けた。


「それとアイシャにも頼んでおいたからな」 


「マリア……余計なことすんじゃねーよ。カウラ!そう言うわけだ。とりあえず……」 


 諦めたランはそう言うと腕の端末に目を向ける。


「20時まで、ゲートで歩哨任務につけ!」 


「は!フタマルマルマル時までゲート管理業務に移ります!」 


 立ち上がったカウラに大きく頷いて見せてマリアは颯爽と部屋から出て行った。ランは仕方が無いと言うように誠とかなめに目を向ける。にんまりと笑った二人はそのまま立ち上がると出口で敬礼してそのままカウラを置いて廊下に出た。


「あ!お姉さま!」 


 声をかけてきたのは第三小隊小隊長の嵯峨かえで少佐だった。そのまま走り寄ってこないのは明らかに彼女を見てかなめの表情が冷たくなったからだった。だが、実の姉であるかなめに苛められたいというマゾヒスティックな嗜好の持ち主のかえでは恍惚の表情で立ち去ろうとするかなめを見つめている。誠も出来るだけ早く立ち去りたいと言う願望にしたがってかえでの後ろの第三小隊隊員渡辺要大尉とアン・ナン・パク軍曹を無視して、そのまま管理部のガラス窓を横切りハンガーへ降りる階段へと向かった。


「声ぐらいかけてやればいいのに」 


 追いついてきたカウラの一言にかなめはさらに不機嫌になったようにカウラにらみつけた。


「そんなことしてもつけあがるだけだ」


 かなめは冷たくそう言って歩みを速める。その表情を見てさすがのカウラも目をそらした。

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