科学と進歩

第394話 映像

 辞表を提出し終えた誠達に嵯峨は一枚のデータディスクを手渡した。


「枝、つけるんじゃねえぞ」 


 その言葉を聞くと敬礼して見せたランに付き合って誠達は敬礼をした。その表情は厳しいものだった。誰もしゃべらずにそれぞれの車で寮に戻った。


 真剣な表情で図書館に向かう。非番の隊員が二人でゲームをやっていたがそのランの厳しい表情にすぐに頭を下げてゲームの電源を落とすとそそくさと出て行った。


 アイシャのゲーム機コレクションに本体を出したもののまるでソフトが出ずに終わったゲーム機。当然コレクションのためだけにアイシャが買ったというわけで通信設定はされておらず、しかもデータのスロットはぴったりのものだった。


「隊長もよくこんなの知ってたわねえ」 


 設定をしている島田を見ながら誠達は映像が映し出されるであろう50型モニターに目をやっていた。


「コーラ持ってきたんすけど……」 


 ラーナが気を利かせてサラと一緒にコップを配る。


「こういう時は紅茶の方が良いんですけどねえ」 


「贅沢言うなら飲むなよ」 


 茜とかなめが笑いあう。アイシャはいつものようにBL同人誌を堂々と読んでいて隣ではらはらしているカウラを挑発していた。


「はい!電源」 


 島田の一声でモニターの正面に正座していたランが伸び上がる。


 画面が灰色に染まった。それが暗い実験室のようなものと分かるのに十秒位の時間がかかった。


「隠し撮りだな」 


 かなめの言葉にさらに緊張が走る。音声は無い。画面は人間の腰あたりの高さ。暗いのはカメラの性能のせいであるらしく、手術台や実験器具が鈍く光り輝いているところから見て暗い場所ではないことはわかった。


「これじゃあ場所の特定はできないんじゃないですか?」 


「馬鹿だな。特定できる証拠を掴んでいたらとうに遼南レンジャーが突入しているはずだろ?ライラさんには叔父貴も一目置いてるからな。このデータも持っていると考えるのが妥当だろう」 


 そう言うとタバコに手を伸ばそうとするかなめだが、その手をランが叩いた。


 急に画面が変わったカメラの前にドアが映り、さらに廊下が見える。人影は無く静まり返る廊下をカメラの視線はただ映しつづける。


「結構な規模の施設だな」 


 黙り込んでいたカウラが言葉を呑んだ。沈黙が支配する画像の中でどこまでも続いていくように暗く染められた廊下が続いている。ところどころに銀色のカートのようなもの、そして白衣の人影がその周りに動いているのが分かる。


「そう言うことか」 


「そう言うことなのね」 


「なるほど」 


 ラン、茜、アイシャが納得したような表情を浮かべたことに誠は驚いてその顔を見比べた。


「なんだよ!何が分かったんだ?」 


 かなめが不満そうに叫ぶ。茜とランが大きなため息をついてかわいそうな人を見るような視線でかなめを見つめる。


「本当に分からねーのか?」 


 ランはそう言ってかなめを見つめている。その間もカメラの映像は長く続く廊下を歩き続けている。


「分からねえから聞いてるんだよ!」 


 思わずかなめは怒鳴っていた。だが、映像がただひたすら長い廊下を歩き続けているのを見てかなめも誠もある事実に気がついた。


「これだけ長い廊下があって生体研究をしても不審がられない施設。かなりの規模の大病院かどこかの大学病院ですね」 


「そーだな」 


 誠の言葉にランがうなづく。ようやく話が飲み込めたというようにかなめもうなづいた。


「アタシ等が追ってた……今では同盟軍や東都警察が血眼になって捜しているのはその末端組織の使い捨ての実験場だったということだ。これまでも法術関係の闇研究はちょこちょこあったが、どれもものにならずに摘発されて即終了ってのがこれまでのパターンだが、今回の首謀者は明らかに成果を出しているからな、昨日の東都での法術師稼働実験みたいに大っぴらに成果を誇示して見せたくらいだ。この実験を続けている人間がそれなりに優秀だってーことだろうな」 


 ランの言葉に再び画面に目をやる。しばらくしてすれ違う看護士の制服に誠は目をやった。


「じゃあこれで……」 


「待てよ」 


 立ち上がろうとする誠の肩を叩くのはかなめだった。すでに口にはタバコをくわえて静かに煙を誰もいない方向に吐いてみせる。


「仕切っている大物の研究者のめぼしをつけねえとな。この看護師の制服だけを目印に突っ込めば地雷を踏むぞ。大学の大物の研究者となればいくつもの大学や病院にいろんな肩書きで勤めているってこともあるんだ。空振りだったらすぐに逃げられるな」 


「良いことを言うな、西園寺にしては。で、どうするつもりですか?」 


 カウラはそう言うと茜とランを見た。ランは腕組みして画面を凝視する。茜はすでに自分の携帯端末を見て情報を集めていた。


「頭の固い東都警察は別としてムジャンタ・ライラ中佐の山岳レンジャー。あそこの情報収集能力は舐めてかかると痛い目見るぞ」 


 そう言うとかなめは黙り込んだ。その隣で小さな顔でにやりと笑っているランがいる。


「いくら精強とは言っても全員が情報収集能力に優れているわけじゃねーよ。当然ライラの信頼している連中は志村とか言うあの人買いのリストで優先順位の高いところに張り付いているはずだ。基礎理論を発表している立場のある研究者の調査にはそれほど力は割けるもんじゃねーよ」 


 ランはそう言いながらかなめの吐き出す煙を手で払いのける。


「クバルカ中佐の仰るとおり、ライラさんの捜査報告は主に湾岸地区の廃墟や工場跡ばかりが上がってきてますわ。病院めぐりをしているのは主に新人の方ばかりのようですわね。それにほとんど顔を出した程度に法術関連の論文を発表している医師や研究者の訪問もしているみたいですけど……」 


「急がねえと感づかれて高飛びされるんじゃねえか?」 


 かなめは手にした吸殻を携帯灰皿に押し込む。島田とサラはその言葉に大きくうなづいて見せた。


「速やかでなおかつ正確に調査をする必要がありそうですね。空振りが続けば危機を察知して証拠を消して手を引くのが得意な組織なのは先日の突入で分かったはずだ」 


 そう言うカウラの言葉と同時に画面が切り替わり、茜の携帯端末の情報が映されていた。


「わざわざ発覚する危険性を犯してまで東都で末端の実験を行っていたと言うことから考えると、恐らく東都近郊の大学や病院に勤務する研究者に絞ってもかまわないと思いますわ。そして法術系の論文をこの数年間で10件以上発表している研究者はこの十二人」 


 次々と切り替わる画面。そこには研究者の顔写真、経歴、受賞研究の内容などが映し出されている。


「これのうち生体機能回復と干渉空間制御に関する専門家の辺りをつけろと言うことか。ヨハンに声がかけれればいいんだけど……」 


 司法局実働部隊の法術研究担当者である巨漢、ヨハン・シュペルター中尉を思い出しため息をつく。そして視線は自然と茜に向いた。


「シュペルター中尉にお話を聞きましょう」 


 そう言うと『図書館』の住人達はそのまま同時に立ち上がった。


「マッドサイエンティストとご対面か……」


「なに嬉しそうにしてるんだ?」


 一人薄ら笑いを浮かべるかなめをカウラはいつものように感情を殺した目で見つめていた。

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