第356話 極秘通信

「携帯端末、持ってんだろ?それを出してみろ」 


 かなめの言葉に茜の隣のラーナが素早くかばんから比較的モニターの大きな端末を取り出す。その後ろに島田とサラが移動して覗き込む格好になった。誠はアイシャが取り出した端末を覗き込んだ。


 画面には志村三郎の画像とデータが表示されている。


「この男。東都の人身売買組織の一員だ。これまで営利目的誘拐容疑で三度、人身売買容疑で二度逮捕されているがどれも証拠不十分で起訴は免れている。まあ、どこで金をばら撒いたのか知らねえが、最近かなり羽振りが良いらしいや」 


 そう言うとかなめはタバコを取り出して火をつける。画面はすぐに東和でも有数の指定暴力団のデータに切り替わる。


「志村三郎……遼南系のシンジケートについての東都警察が抑えている名簿では、それなりの順位にいた人物ですわね。けっこうな大物ですわね」 


 苦々しげに茜がつぶやく。その言葉に不敵な笑みを浮かべるとかなめは話を続けた。


「志村三郎関係のどの事件でも共犯者には遼南系シンジケートとつながりのある東都の暴力団の組員が手配されてる。まあ東都の中に商品を運ぶとなれば協力者としては最適の相手だからな」 


「でもこれは臓器取引とか売春組織なんかの関係の取引でしょ?法術の研究なんて地味で利益が出るかどうか分からないようなことやくざ屋さんが協力してくれるのかしら」 


 皮肉るようにアイシャがつぶやくが、タバコをくわえたかなめはただうつろな瞳で天井に向けて煙を吐くだけだった。


「まあな。だからあたしは直接あの男のところに出向いたわけだ」 


 その言葉に誠は疑問しか感じなかった。そんな誠をちらりと見たかなめだが、後ろめたいことでもあるとでも言うように目をそらして、タバコの煙を食堂の奥へと吐いた。


 すぐに端末の画像が切り替わった。かなめの脳はネットワークに直結している。こうしてタバコをふかして無駄に天井を見上げているように見えても彼女は情報を管理していた。


「無線周波数の一覧。それと乱数表……でもこれって軍用周波数帯での交信じゃないの?そしてこの周波数帯は……」 


「遼州じゃバルキスタン政府軍ぐらいじゃねーか?もしかしてあの店で……」 


 ランの鋭い視線がかなめを見つめる。先月バルキスタンの内戦鎮圧に出動した記憶が誠の頭をよぎる。かなめは椅子を後ろに倒してテーブルに足を乗せた。


「西園寺!」 


「まあ、カウラちゃん抑えてよ。それよりこの周波数帯でどこと連絡していたか。そこまで掴んでるの?」 


 アイシャの言葉を聞くとかなめはにやりと笑った。そしてタバコを手に再び天井を見上げる。同時に画面が切り替わる。


「同盟機構医療監視財団?」 


 誠の言葉に茜は驚いたように顔を上げた後、ラーナの端末に目を移した。


「同盟厚生局の出先機関か……ずいぶんと大物が出てきたじゃねーか」 


 そう言って小さなランは頭をかいて苦笑いを浮かべながら天井を見たままのかなめを見た。


「近藤事件以降、法術系の情報の開示を担当していたのが同盟機構の厚生局健康医療関連部門だったな。その出先となればそれなりの人材や情報を抱え込んでるのは当たり前か。それで……おい!」 


 カウラはそう言うと立ち上がってかなめの肩に手を乗せた。バランスが崩れた。そのままかなめはカウラの体重を受けて後ろに倒れ、思い切り後頭部から床に落ちた。


「何……しやがんだ!」 


「ああ、済まん」 


「済まんじゃねえだろうが!」 


 後頭部を押さえて立ち上がるかなめを見てサラが噴出すのが見える。誠も笑顔で再び画面を見つめた。


「発信元の住所が港区港南?」 


 湾岸地区と都心の中間に当たる地域であり、再開発が行われて工事車両が行き来している地域である。


「ビンゴだな。まだテナントの入っていない大型の商業施設が山とある場所だ。大規模な研究施設を一時的に運営するには最適な場所だ」 


 ランはそう言うと茜を見つめた。だが、茜は納得がいかないような表情で画面を見つめている。


「ちょっと安直過ぎないかしら。いくら通信に特殊な設定が必要な軍用周波数帯の電波での情報のやり取りをしているからってあまりにもこれ見よがしにすぎないんじゃなくて?」 


「まあそうなんだけどよー、とりあえず糸口にはなるだろ?まったく無関係なら情報のやり取りをする必要もねーだろうし事情を知っている人間の首に縄でもつけれれば御の字だ」 


 そう言ってランは立ち上がる。


「クバルカ中佐?」 


 誠は椅子から降りてちょこちょこ歩き出したランに声をかける。


「なんだよ!シャワーでも浴びようってだけだよ」 


「お子ちゃまだから9時には寝ないとな」 


 いつもの軽口を吐いたかなめを一にらみするとランは手を振って食堂を後にする。


「じゃあ私も今日は3本あるから」 


 立ち上がったのはアイシャだった。他の全員が彼女の言うのがチェックしているアニメの数であることを納得して静かに立ち去る彼女を生暖かい視線で見送った。


「ああ、そうだ」 


 そう言ってカウラが立ち上がる。端末を片付けるラーナを見守っていた茜と目が会うと茜も立ち上がった。


「ラーナさん。明日にしましょう」 


「え?もう少し西園寺大尉の情報を……」 


「いいから!」 


 サラもラーナの肩に手をかける。仕方なくラーナはバッグに端末を入れて立ち上がる。


「もう終わりですか?」 


 そう言った島田に茜とサラから冷ややかな視線が浴びせられる。


「かなめさん。少し神前曹長とお話なさった方がよろしいですわよ」 


 茜の言葉にただかなめはタバコをくわえてあいまいにうなづく。それを確認して茜はほほえみを浮かべた。サラは空気の読めない島田を引っ張って食堂を出て行く。


 そしてかなめと誠は食堂に取残された。


「アイツ等。気を使ってるつもりかよ……ばればれなんだよなあ!」 


 自虐的な笑いを浮かべたかなめは相変わらずタバコをくわえていた。


「別に僕は気にしていませんよ」 


「は?何が」 


 かなめはそう言うと立ち上がりテーブルを叩いた。


「アタシがあそこで娼婦の真似事をしたのは、租界での情報収集に必要だったからだ。それにアタシの体は機械だからな。とうにその時の義体は処分済み……」 


 そう誠にまくし立てた後、再び椅子にもたれかかる。誠はかなめの吐くタバコの煙に咽ながら頭を掻くかなめを見つめていた。


 誠はただ一人自分の中で納得できないものがあるようにいらだっているかなめに何を話すべきか迷っていた。


 だがしばらくの沈黙に根をあげたのはかなめだった。


「お前はお人よしだからな。流れでどうしようもなくて体を売ってた女って目で見るならそれも良いって思ってたんだけどさ。そんな哀れむような目でアタシを見るなよ。それだけ約束してくれればいい」 


 かなめは携帯灰皿にタバコをねじ込む。


「きっとカウラさん達も……」 


「まったく……なんだかなあ!お人よしが多くてやりにくいぜ」 


 ぼそりとそう言うとかなめはいつもの嫌味な笑顔を取り戻す。


「明日からはオメエとカウラで組んで動け。研究施設の規模の予想から湾岸地区のめぼしい建物のデータを送ってやる」 


「西園寺さんは?」 


 かなめは笑顔に戻っていた。誠の言葉に再びタバコを取り出して火をつけたかなめはそのまま片手を上げる。


「お子ちゃまと駐留軍や東都に事務所のあるやくざ屋さんを当たってみるよ。おおっぴらに司法局が動いているとなれば最悪でも研究の中断くらいには持ち込めるだろうしな」 


 そう言って立ち上がるかなめを誠は落ち着いた心持で見送っていた。

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