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第355話 それぞれの初期捜査

 寮の廊下。ピコピコハンマーが転がっているのを見つけたかなめは、それを拾うとそのまま食堂に先行する。そして茜と談笑していたアイシャの背後に回りこむと力任せにその頭にピコピコハンマーを振り下ろした。


「痛い!」 


 その馬鹿力でピコピコハンマーが首からねじ切れて床に落ちる。茜とラーナが白い目でかなめを見ていた。島田とサラは隣のテーブルで仲良くしゃべっていたがその様子に驚いたようにかなめを見た。


「悪り、ゴキブリかと思った」 


 頭を押さえるアイシャに無表情にそう言うとかなめはカウンターに向かっていく。


「何すんのよ!ったく……痛いよー誠ちゃん!」 


 そう言ってアイシャはあまりの突然の出来事に呆然としていた誠にすがりつく。その頭にカウラがチョップを振り下ろす。


「何よ!カウラちゃんまで!」 


 アイシャの叫びを無視してランが通り過ぎていく。


「クバルカ中佐も!みんなで無視して!」 


「無視しているわけじゃないんですけど」 


 叫ぶアイシャに仕方なく誠がそう言って彼女の頭を撫でる。話を中座させられた茜とラーナが苦笑いを浮かべている。


「何かあったみたいですね」 


 島田がカウンターで大盛りの白米だけを盛ってかき込み始めたかなめに声をかけるが、かなめは無視してそのままテーブルの中央に置かれていた福神漬けをどんぶりに盛った。


「あったみたいね」 


 隣でカレーを食べていたサラもそのかなめの奇行を眺めているだけだった。


「で、そちらの首尾はどうなんだ?」 


 カレーを盛ってきたランがそう言って茜の正面に座る。明らかにご飯の量が異常に多いのはランが辛いものが苦手だということも誠は知ることが出

来ていた。


「正直芳しくはないですわね。管轄の警察署や湾岸警察、海上警備隊の本部にも顔を出して情報の共有を計る線では一致したんですけど……」 


「租界に絡むことは同盟機構軍の領域だから駐屯軍に聞いてくれって煙にまかれたわけだ」 


 どんぶりを置いたかなめの一言。茜は力なくうなづいた。


「でも嵯峨捜査官もがんばったんすよ!警察とかの資料の閲覧の許可も取ったし、専任捜査官を指定してもらえるつうことで……」 


「ラーナ。オメエ、アマちゃんだな。口約束なんていくらでもできるぜ」 


 かなめはそう言いながらどんぶりにやかんから番茶を注ぐ。その行動に明らかに違和感を感じたサラと島田は身を小さくしていつでも逃げられるような体勢をとった。


「でも!」 


「そうですわね。資料の閲覧許可は向こうに断る理由が無かっただけですし、専任捜査官の選定権限はあちらにあるんですもの。その選定がいつ行われるか、どのような人材が選ばれるかは私達ではどうすることも出来ませんわ。結局は私達だけでなんとかしないといけない状況は変わりませんわね」 


 湯飲みを傾け少し口を湿らすと茜はそう敗北を認めた。カレーを盛ってくれたカウラから受け取り誠は静かにさらにスプーンを向ける。


「それでクバルカ中佐の方はいかがなのかしら」 


 茜の言葉にランは辛さに耐えるというように顔をしかめながら、サラから受けとった水で舌をゆすいでいた。


「ああ、アタシの方か?」 


 そう言うとランの視線は自然とどんぶりを手にしているかなめの方を向いた。茜は何かを悟ったとでも言うようにそのまま自分の湯飲みを握り締める。


「民間人の協力者を一人見つけたな。そんだけ」 


 吐き捨てるように一言だけ言ったかなめは、立ち上がって自分の湯飲みがあるカウンターの隣の戸棚に向かって遠ざかった。


「駐留軍。感心するくらい腐ってたな。あれじゃー情報も金次第ってところだが……でも茜よ……予算はねーんだろ?」 


 ランの言葉に茜は苦笑いを浮かべる。戸棚から自分の湯飲みを持ってきたかなめがやかんを手にすると冷えた番茶をそれに注いだ。自分の湯飲みだけを持ってきて番茶を勢い良く注ぐかなめ。そんなときの彼女は不機嫌だと言うことはこの場の全員が知っていたので食堂は重い雰囲気に包まれる。


「研究の目的がはっきりしているんだから組織としてはそれなりの体をなしていると考えると、誰も知らないなんていうのが不自然ですよね。どこかに糸口があるはずじゃないですか」 


 そう言ったのはアイシャだった。誠はそれまでかなめに遠慮して隣の席から頬などを突いてくる彼女を無視していたがその言葉には頷くことが出来た。


「そうですわね。今回あの租界で拉致された人物が大量に居るという事実。そして監禁してそれで終わりってわけじゃないのですから。法術関係に詳しい研究者。法術暴走の際に対応する法術師。そしてその実験材料に使われる人材の確保をする人。それがあの近辺に潜伏しているとなればどこかで話が漏れていると考える方が自然ですわ」 


 茜はすぐにかなめを見つめた。手に湯飲みを持ったまま、かなめは呆然と天井を見つめている。だが、彼女も茜の言葉を聞いていたようで一口湯飲みに口をつけるとそれをテーブルに置いて話し始めた。

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