生と死

第333話 不可解な遺体

「茜お嬢様が非番の日に御用ってことは、目的は誠ちゃんかしらね」 


 素早く自分のかりんとうと湯飲みを確保するとアイシャはそう言って静かに安物の椅子に腰掛けた和服の茜を見つめる。


「そうですわね。でもそれは正確ではありませんわ。法術特捜の外部協力員全員。つまり司法局実働部隊の方々にもご協力いただく必要のあることですの」 


 そう言って茜は上品に湯飲みを取り上げる。自分の作法にはこだわるが人のそれには頓着しないと言う彼女の思想を裏打ちするように、ばりばりとかりんとうを頬張ってぼろぼろかすをこぼす茜の部下のカルビナ・ラーナの姿に誠は苦笑いを浮かべた。


「それじゃあ俺等は邪魔なんじゃ……」 


 そう言って島田が茶を啜る。隣ではサラが大きく頷いていた。


「まあ、乗りかけた船だろ?それに良い経験にもなると思うぜ」 


 ようやく手に入れたかりんとうをおいしそうに食べながらランがそう言った。納得できないような表情を浮かべながら島田がかりんとうを口に運ぶ。


「でも、非番の日に来ると言うことは正規の任務とは別の微妙な問題なんですね」 


 これまで周りの人々の話をじっと聞いているだけだったカウラが口を開く。茜はカウラを見つめて静かに微笑む。


「やはりベルガーさん、察しが良いですね。まあ公的な拘束は受けたくない事件であることは確か間違いありませんわ。そして……」 


 そう言うと茜は手にしていた巾着から時代遅れの紙の手帳を取り出す。そして付箋の貼ってあるところを開くと、挟んであった写真を取り出した。


「まずはこちらの写真はどうかしら?」 


 茜の差し出した写真に一同が目を向ける。


 ミイラ化した死体。着ていた赤いセーターの袖などが焼け焦げて無残に見える。カウラと誠はすぐにそれが何かを思い出した。


「法術暴走した法術適正者の死体ですか。以前、整理を頼まれた資料のものですね」 


 カウラのその言葉にかなめは思い出したように手を打ってそのまま茜を見つめる。


「ねえ、何のことよ」 


 資料に目を通していないアイシャはかなめとカウラを見比べながらそう言った。サラや島田はただそのミイラ化した死体の写真から目が離せないでいた。


「この半年あまり……正確に言うと例の『近藤事件』で法術の存在を神前曹長が全宇宙に知らしめたころからですわ。すでにこのような死体が東都周辺で7体見つかってますの」 


 そう言うと全員の顔を見渡してもう一枚の写真を取り出す。


 そちらの写真は誠も初めて見る写真だった。


「なんだこりゃ?」 


 かなめの言葉が全員の感想を代弁していた。そのミイラ。着ていたグレーのコートはどす黒い血にまみれている。右腕を肩の根元から切り落とされているように見えるのでそこから流れ出たのかもしれない。だがその肩からは中途半端な長さの子供の腕のようなものが生えていた。


「法術適正ってのは腕を切っても再生するんだ。便利ですねえ」 


 いつもと違う抑揚の無い調子で島田がつぶやく。遺伝子検査で遼州の先住民族の血が誠より濃いが法術適正が無いとされた島田の言葉に一同が沈黙する。


「そんな、黙り込まないでくださいよ!それよりこの血はこのミイラさんのものだったんですか?」 


 サラに見上げられながら島田が写真を出してきた茜にそう言った。


「着眼点がよろしいですわね。肩の辺りの血は別として胸の辺りの血はまったく別人のものですわ。しかも発見されたときはこのコートについていた血以外は現場に同じ人物の血液は一滴も落ちていなかったそうですの」 


 しばらく食堂は沈黙に包まれた。


「最近の殺し屋は清掃業務も兼ねてるのかね、ふき取るどころか血液反応もなかったんだろ?たぶん凄い掃除機とか持ってるんだろうな」 


 かなめの軽口だが、その口調と表情にはピリピリとした空気に包まれていた。かなめ以外の全員の意識ものんびりとした年末のおもちゃ屋のプラモデルコンテスト向けのプラモ作りから本来の遼州同盟司法局員としての仕事にすり替わっていた。


「じゃあ見てもらうっす」


 そう言って茜の助手のカルビナ・ラーナ巡査が端末をテーブルに置いて起動する。この部屋の誰もが端末のモニターを開くのを注視している。


 ラーナの目の前の空間に画像が映る。それは東都南部の港地区と埋立地の租界と呼ばれる遼南難民の居住区を写した地図だと分かった。


「良いかしら。この死体が見つかったのが港地区の北川町。そして先ほどの死体が見つかったのがそこから国道を車で十分ほど租界に向けて走った川村駅のガード下。そして他にも……」 


 茜の声にあわせてラーナが端末のキーボードを叩く。先ほどの7つの死体が港地区と租界の間の幹線道路沿いに次々と現れる。


「港湾地区か……一昨年まで続いた不況でつぶれた町工場に倉庫街。それに安アパートばかりの街だな。こんな死体が落ちていたところで見向きもされないような場所。発見できたのが奇跡的ですね」 


 カウラはそう言うと隣で放心したように地図を見つめているかなめに目をやった。誠もかなめがこの地図が浮かんだときから黙り込んでいたことを思い出して口を開こうとするかなめを見つめていた。


「どうしたんですか?西園寺さん」 


 急なかなめの変化に誠は戸惑う。彼もかなめの陸軍非正規部隊での仕事の中心が港湾地区だったことを覚えていた。


「嫌な街だなあって。……ただそれだけだ」 


 それだけ言うとかなめは席を立とうとした。それを茜が押し止める。


「かなめお姉さまの個人的感想はうかがってはいませんの。司法局の法術特捜協力班員としてきっちりと解決までご協力していただけませんか?」 


 茜の言葉は穏やかだが、その目の鋭さにさすがのかなめも押し黙って席に着いた。


「ただこう言う奇妙な死体が製造されているだけなら所轄の警察署の仕事のはずではないんですか?資料の分析程度ならこの人数でどうにかなりますけど、これだけの広さの地域を捜査範囲にするには……」 


 カウラの言葉にアイシャも大きくうなづく。島田とサラは相変わらず七つの変死体の写真を見比べている。


「確かにこの人数でローラー作戦なんてやろうとは思っているわけはないんです。そんなこと誰も期待していないでしょうし。ただこのメンバーならではの捜査活動をしたいと思ってますの」 


「この面子だと何が出来るんだよ」 


 重苦しいかなめの声に一同の顔が茜に向いた。


「わかんねーかなー。法術は展開すれば必ず反応が出るんだぜ。アタシや嵯峨警視正、それか神前ならすぐに察知して駆けつけられる」 


 これまで一人でかりんとうを食べ続けていたランの言葉で今度は誠に視線が集まる。


「でも、暴走する人が出るまで待つんですか?この範囲の法術発動を監視するなんて……」 


 誠のその言葉にあきれ果てたと言う顔のかわいらしいランの顔が見えた。


「馬鹿じゃねーか?この事件は誠が法術兵器をはじめて実戦で使用したのが確認されてから起きてるんだぜ、オメーが動けばこの死体の製造元が動き出すかも知れねーだろ?そうすりゃー何か手がかりでもつかめるかも知れねーからな」 


 そう言ってランは大きな湯飲みを手にする。誠は不安になってアイシャを見つめたが、その目が完全にランの外見年齢不相応の話し方に萌えていることに気がついて、いつでも取り押さえられるように力を込める。


「そう言うことですわ。ともかくこれが何を意味するのかもまるで分からない。ただこの死体が現れたのが神前曹長の存在が全宇宙に知らされた時と言うこと。それが重要な意味を持つのは間違いありませんから」 


 そう言うと茜はラーナに端末の終了を指示する。


「そしてもう一つの手がかりがあるんですけど……ご覧になります?」 


 一口茶を啜った後、茜はさっと立ち上がった。さすがにこうなってはプラモデルを作るよりも全員の興味は茜の手がかりと言う言葉に集まっていた。


「テメー等、着替えろ。でかけんぞ」 


 ランの言葉に誠達は困惑した。思わず誠とカウラは顔を見合わせる。


「その格好で東都警察に行くつもりか?恥ずかしい奴だな」 


 そんなランの言葉で誠達は自分の格好に気がついた。エプロンやジャージ。袖に染み付いた塗料。どう見ても私服と呼べる状況ではなかった。だが一人ニヤニヤしている人物がいる。


「じゃあ、中佐殿はなぜ司法局の制服で行くのでありましょうか?その格好で東都警察の本部に司法局の制服を着て顔を出したら相当嫌な顔されますよ」 


 そんなかなめの一言にランが明らかに不機嫌になる。


「仕方ねーだろ!アタシはこれを着てねーと子供が紛れ込んだって追い返されるんだから!」 


 予想通りの回答に誠は苦笑したがその姿をランに見つかってにらみつけられた。


「それとちょっと……」 


 渋々外出の準備に取り掛かるかなめ達を見送った茜が誠の耳元に口を寄せてきた。


「神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね」


 そう言って茜は微笑む。突然の行動にかなめは殺気を帯びた視線を茜に投げる。


「部屋にありますから!取ってきます!」


 誠は逃げるように食堂を脱出した。誠は刀をわざわざ警察に持っていく理由を考えてみるが何一つ思うところはなかった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る