第334話 出発

 食堂を追い出されて部屋に戻った誠は、部屋の隅に置かれた錦の袋に入っている部隊長の嵯峨惟基から拝領した日本刀、『鳥毛一文字』に手を伸ばした。


『神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね』 


 部屋に戻る誠に茜がどういう意図でそう言ったのかは分かりかねた。


 着替えを終えて誠はずっしりと重い紫の袋に入れられた刀を握る。そしてそのまま紐を解いて金色の刺繍が施された袋から刀を取り出す。剣道場の跡取りでもある誠は何度か日本刀には触ったことはあった。しかし、柄や拵えは明らかに江戸時代の作と思われるその刀は明らかにこれまで触れた胡州や東和で作られたそれとは趣が違った。


 鞘を払う。そしてそのまま自然に流れるような刃をじっと眺める。銀色の刀身。おそらくは何人かの命がその波打つ刃で奪われたのかと思うと背筋に寒いものが走る。


「おい、何やってるんだ?」 


 ノックもせずに部屋に入る遠慮の無い人物はかなめ以外にはいなかった。冬のよそ行きと言うようにスタジャンにマフラー、いつものジーンズと言う姿の誠が正座をして真剣を眺めている光景はあまりにもシュールだったのでかなめは呆然と立ち尽くしている。


「誠ちゃん!切腹でもするつもり?いいから来なさいよ!」 


 デリカシーの無いアイシャの一言に誠は我に返ると刀を鞘に納め、袋に仕舞って紐で閉じる。


「自衛に日本刀か?叔父貴みたいな奴だな……ってあれも実際は拳銃くらいは持ち歩いているけどな」 


 諦めたようなかなめの声が響く。誠もただ苦笑いを浮かべながらそのまま階段を下りて踊り場にたどり着く。


「遅かったな、神前。じゃあ茜の車にはアタシと神前とサラとラーナで」 


「クバルカ中佐!なんで俺がカウラさんの車に……」 


『それはこっちの台詞だ!』 


 抗議しようとした島田を声を合わせてアイシャとかなめが怒鳴りつける。島田が哀れにのけぞった。サラが心配そうに彼を見つめる。


「じゃあ行きましょう」 


 茜はそう言うとそのまま玄関を出た。冬の空は雲ひとつ無い。吹きすさぶ風。茜は楚々として寮の隣の駐車場に止めてある電気駆動の高級乗用車に向かう。


「そう言えば何でこれが……」 


 誠が手にしている日本刀を茜に見せようとしたとき、茜は自分の車のトランクを開けた。


「それはこちらに」 


 問いに答える代わりに茜が手を伸ばす。仕方なく誠は茜に刀を手渡した。


「アイツ等……」 


 呆れたようにランがため息をついた。その視線の先のカウラの赤いスポーツカー。いつも出勤に使っている車の前で島田とかなめが怒鳴りあっている。


「放っておきましょう。子供じゃないのですから」 


 そのまま茜は運転席のドアを開ける。誠とサラは借りてきた猫のように静かに後部座席のドアを開く。


「ちょっと香水が効きすぎているかしら?大丈夫?」 


 後ろの二人を見てにっこりと笑った後、茜は慣れた調子でシートベルトを締める。すぐにモーターの力がタイヤにつながり、車がバックを始める。カウラの車の前ではさらに苛立ちを隠せないカウラが運転席から顔を出してかなめを怒鳴りつけている。


「まああいつ等もナビでこっちの位置を特定できるんだ。迷子にはならねーだろうしな」 


 ランの皮肉めいた言葉に釣られて誠も笑う。茜の車はそのまま砂利のしかれた駐車場を出た。


「これから見るものは他言無用で」 


 住宅街から幹線道路へ出ようとハンドルを切る茜ははっきりとそう言った。


「良いんですか?私も来ちゃって……」 


 後部座席にラーナと誠にはさまれてもじもじしているサラはそうつぶやく。


「オメーもうちの隊員だろ?それにうちに籍がありゃ、いずれは見なきゃならねーもんだ。まあいまさら緘口令かんこうれいも……。どうせ一時的なものになりそーだしな」 


 助手席にちょこんと座っているランがそう言った。後ろからまるで見えないところが誠の萌えの心を刺激する。


「あのー……。行き先は?」 


 不安そうな誠を見て運転席の茜が振り向いて微笑む。


「じゃあラーナ。二人に説明してあげてちょうだい」 


 車が信号に引っかかった。ハンドルを指ではじきながら茜がそう言うとラーナは再び小型の端末を取り出す。


「これから東都警察の鑑識部の入っている都庁別館に向かうんすよ」


「いいんですか?東都警察なんかに顔を出して」 


 サラがラーナの言葉をそんな言葉でさえぎったのは当然の話だった。同盟司法局と東都警察。管轄する地域が重なることが多いこの二つの組織は犬猿の仲だった。実際、誠も東都警察からの資料請求を上官のカウラやランの一言で握りつぶしたことは一度や二度では無い。当然、東都警察もランの要求を聞く気も無いと言うように通信を切ってしまうことは多々あった。


 それでも専門の分析機関を持たない司法局にとって東都警察の技術力は活動に必要不可欠なものだった。それを知っている鑑識部は明らかに高飛車な態度を見せてくるので、誠もできれば出入りはしたくはない組織だった。


 そんな誠の思惑を無視して隣の席のラーナは端末の操作を完了する。


「先ほどのミイラ化した死体なんすが身元はすべて判明しているんっす。ただ、年齢、職業、出身地とかいろいろ当たりをつけてみたんすけどまるで共通点が無くって……」 


「法術適正は?」 


 誠のとりあえず言いました的な言葉にランが思わず噴出す。


「あのなあ、神前。法術適正が無ければ勝手にミイラになるわけがねーだろ?それ以外の共通点の話をしてるんだよ」 


 子供に意見されたようで誠はつい口を尖らせる。ラーナはそんな誠を見て少し微笑んだ後、再び目の前に画像を展開させる。


「全員の共通点では無いんすが、あえて特徴を挙げるとすれば、7人のうち4人は租界の難民でした。しかもその4人全員が女性なんす。特徴として言えるのはこれくらいっすね……」 


 そう言ってラーナは再び首をひねる。何しろデータを取るには7人と言う数は少なすぎると誠は思った。


「でもそれだけじゃデータを取る意味が無いんじゃないですか?」 


 そんなサラの言葉にラーナは困ったような顔をして頭を掻く。今度はランはその体に大きすぎるシートから身を乗り出して三人を眺めてくる。


「あのなあ、見つかったデータが少ねーのは良いことじゃねーか。それとも何か?もっと大量の仏さんが出来るまで捜査は待ってくださいとこの事件を起こした奴に泣きつこうってのか?」 


 またランが怒鳴りつけた。サラは藪蛇だったというような表情でラーナを見つめている。


「そうですわね。確かに共通点を割り出すには少ない人数とは言えますけど、逆にこれだけ共通点が無いと言うことも一つの糸口になるかもしれませんわ」 


 高速道路へ車を載せた茜がつぶやく。それが何を意味するのか誠にはわからなかった。


「つまりだ、共通点を見出せないようにする必要があった可能性があるんじゃねーかってことだ。これが事故や個別に発動した事件だったとしたら、何がしかの共通点があるのがふつーだろ?場所は限られているんだ。特に港湾地区はよその住人が喜んで出かけるような場所じゃねーんだろ?」 


 ランの言葉に誠もようやく茜の意図が理解できた。港湾地区は治安が悪いと言うのは誠の大学時代からよく知られていたことだった。再開発から取り残された使われない倉庫と町工場の跡しかない街に通りすがりの人間が立ち寄り、しかも事件に巻き込まれる。偶然にしては出来すぎていることは誠やサラにもわかった。


「でもなー。誰かが意図的に仕掛けたとして、何のためか?そして誰がやったか?その辺の事情は身元を洗っただけじゃわからねーのも確かなんだよなー」 


 そんな言葉を吐きながらランが大きくため息をついた。


「だから会いに行くんですわ」 


 突然の茜の言葉、バックミラーに移る彼女の父惟基を髣髴とさせる悪い笑顔が誠の不安を激しく掻き立てた。

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