祝杯
第317話 祝杯
司法局実働部隊運用艦である重巡洋艦『高雄』はバルキスタン内陸の荒涼とした山岳地帯上空を南下していた。眼下には誠の攻撃で意識を失うか全身麻痺の症状を起こしている政府軍、反政府軍、そして難民達が時が止まったように動かないでいるのが見える。そしてその救援の為に派遣された同盟加盟国の軍や警察、医療機関スタッフの車両走り回る様を見ることが出来た。
誠は一人格納庫の小さな窓から自分が発した非破壊兵器の威力には恐ろしさと戦闘を未然に防いだという誇りを共に感じながらたたずんでいた。警備部はすでにウォッカを回し飲みし、戦勝気分を味わっているが、誠にはその輪に入る勇気が無かった。
「おい、ビールくらい飲むだろ?」
かなめはパイロットスーツの上をはだけてアンダースーツを見せるようにして、手にしたビールの缶を誠に渡した。誠はそれを受け取りながらダークグリーンの作業服の襟を整える。
「これだけの地域の制圧を一人でやったんですね」
艦船の他国上空での運行にかかわる条約の遵守の為に低速で飛行している『高雄』だが、すでに07式を回収した地点からは30分も同じような光景が眼下に繰り広げられている。手を振るアサルト・モジュールは治安維持部隊所属の西モスレムのM7だった。
「それだけたいした力を見せ付けたってことよ」
アイシャの声が聞こえて誠は振り返った。そこにはパーラと二人でよたよたとクーラーボックスを運んでくる紺色の長い髪の女性、アイシャの姿が見えた。
「おっ、気が利くじゃねえか。ビールか? それ」
かなめの手にはすでにウォッカの瓶が握られている。アイシャはかなめを見つめながらにやりと笑うと格納庫の床に置いたそのクーラーボックスを開く。中には氷と缶ビールが並んでいる。
「どうぞ、どんどん取ってよ。あちらもかなり気分良くなっているみたいだしね」
アイシャが振り向いたので、かなめと誠はそちらに視線を走らせる。そこではほとんど飲み比べという勢いで酒を消費している警備部の兵士の姿があった。その中央であまり笑顔を見たことのない警備部部長のマリア・シュバーキナが部下の髪を引っ張ったりしながらふざけあっているという光景が展開していた。
「じゃあ私も飲もうかな。疲れたしな」
「え!」
突然のカウラの言葉に誠は声を上げていた。
「そんなに驚かなくても良いじゃないか」
そう言うと珍しくカウラが自分から缶ビールに手を伸ばす姿が見えた。
「オメエはできれば飲まない方向でいてくれると助かるんだけどな……あまさき屋の帰りとかに」
ウォッカをラッパ飲みしながらかなめがいつものように皮肉を飛ばす。いつものあまさき屋での騒ぎを思い出しているようで特徴的なタレ目がきらきら輝いている。
「運転代行を頼めばいいだけだろ?」
カウラはそう言うと缶を開ける。先ほどのアイシャとパーラが運んできた時の振動で震えていたのかビールの泡が吹き出し格納庫の床に広がる。
「おいおい、慣れねえことするから、神前!雑巾取って来い!」
酔ったかなめの言葉に誠はため息をつきながら立ち上がった。
「いいわよ、神前君。私が持ってくるから。アイシャも一緒に飲んでて」
そう言うとパーラが居住ブロックに駆け出していく。
「いい奴だよな、あいつ」
「そうね。本当にいい娘よ」
「となると許せないのは槍田だな」
かなめ、アイシャ、カウラの瞳がぎらぎらと光る。誠は彼女をもてあそんだと言われている機関長槍田司郎曹長にどのような制裁が加えられるのかとひやひやしながら三人を見守っていた。
「そこの三人!来なさい」
叫び声に振り向いたかなめと誠にマリアが手を振る。いつもは凛々しく引き締まった表情でブリッジの女性隊員の憧れともなっているマリアが、戦闘服のボタンを大胆に外した色気のある姿で誠達を呼んでいた。
「そうだな、ヒーロー!」
かなめは誠の肩に手を回そうとするが、その手をアイシャが払いのける。
「何をしようとしていたのかしら?もしかしたら誠ちゃんと肩を組んで……」
「な、な、何言ってんだ!誰がこんなへたれと肩を組んでキスをしたりするもんか!」
そこまで言ったところでかなめに視線が集まる。警備部の屈強な男達や技術部の酒盛りを目の前に仕事を続けている隊員達の視線がかなめに集中する。
「……誰もキスするなんて言ってないわよ」
アイシャの言葉が止めを刺してかなめが頬を赤らめて黙り込む。
「ビールがうまいな」
突然場を読まずにカウラがそう言った。かなめは誠から離れてカウラの肩に手をやる。
「うまいだろ?仕事のあとの酒は。オメエは飲まないだけで飲もうと思えばパーラぐらいは飲めるはずなんだから。さあぐっとやれ!」
「あからさまに話をそらそうとしているわけね……じゃあ」
そう言うとアイシャが誠の肩にしなだれかかる。その光景に口笛を吹いたり手を叩いたりして警備部の酔っ払い達は盛り上がった。振り向いたかなめが明らかに怒っている時の表情になるのを誠は見ていた。しかし、タレ目の彼女が怒った顔はどこか愛嬌があると誠はいつも思ってしまい、顔がにやけてしまう。
「そこ!何してんだよ!」
「あら?かなめちゃんはカウラに酒の飲み方を教えるんでしょ?私は我等がヒーローと喜びを分かち合う集いに出るだけよ」
「じゃあ、だったら何でそんなに誠にくっついているんだ?」
誠は自分の顔が茹でダコのようになっているのがわかった。明らかにアイシャは胸を誠の体に擦り付けてきている。長身で痩せ型のアイシャだが、決して背中に当たる彼女の胸のふくらみは小さいものではなかった。
「うらやましいねえ、神前曹長殿!」
「色男!」
「あやかりたいなあ!」
そんな誠への野次が飛ぶ。ロシア語で誠に分からないように話し合ってはにやけてみせる警備部の面々に誠はただ恥ずかしさのあまり視線を泳がせるだけだった。
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