第318話 実感する勝利
『皆様!楽しんでいるところ悪いんですけれど、第四小隊のお迎えが出るので移動してもらえませんか?』
格納庫に響く司法局砲術特捜主席捜査官嵯峨茜の声。警備部の面々はそれぞれに酒瓶を持ちながら床に置いた銃を拾って立ち上がる。
「じゃあオメエ等それ持て」
かなめはそう言うとビールと氷の入ったクーラーボックスを足で誠達の前に押し出す。
「私達で?」
アイシャは露骨に嫌そうな顔をする。アルコールが回ってニコニコとし始めたカウラが勢いよく首を縦に振る。
「すみませんね、アイシャさん」
そう言うと誠はクーラーボックスのふたを閉めようとした。
「もう一本もらうぞ」
カウラはそれを見てすばやくクーラーボックスの中の缶ビールを一本取り出す。
「意地汚いねえ」
そんなカウラを鼻で笑いながらかなめはウォッカの酒瓶を傾けて、半分ほどの量を一気に飲み干した。
「さっさと武器の返還してと!飲むぞ!今日は」
部下達にそう言うとマリアは手にしていたSVDSドラグノフを武装保管担当の兵士に手渡した。
「ああ、そう言えばキムの野郎バカンスだとか言ってたな」
次々とベストからライフルのマガジンを取り出しては担当兵士に渡していく警備部の兵士達を見ながらかなめがつぶやいた。
「そう言えば艦に乗ってから見てないような……」
「いなくても気がつかない……影が薄いんじゃないの」
誠とアイシャの言葉に頷きかけたカウラだが、そこは隊長らしく深く考え込む。
「それは言いすぎだろ。キムは一応部隊の二番狙撃手だ。なにか別任務でも隊長から与えられているかも知れないだろ?」
そう言うカウラだがかなめとアイシャは一斉に天井を向いて一考した。
『それは無い!』
二人がタイミングを合わせたようにそう言う。
缶ビールをちびちび飲むカウラを呆れた視線で眺めながらアイシャは冷えた両手をこすって暖めている誠の背中を押すようにしてエレベータに乗り込んだ。
エレベータに無理やり誠が体を押し込むと扉が閉じた。居住区を同型艦よりも広く取ってあるとはいえ、エレベータまで大きくしたわけでは無かった。さらにビールの入った大きなクーラーボックスがあるだけに全員は壁に張り付くようにして食堂のフロアーに着くのを待った。
ドアが開いて誠がよたよたとクーラーボックスを運ぼうとするがアイシャを押しのけて飛び出していくかなめに思わず手を放しそうになって誠がうなり声を上げた。
「ちんたらしてるんじゃねえよ!」
かなめの言葉に苦笑しながら誠とアイシャはクーラーボックスを運び続ける。目の前には『高雄』自慢の格段に広い食堂の入口が目に入ってきた。
「おい!先に行くからな」
そう言いながら新しいウォッカの瓶を手に入れるべくかなめは走り出した。
「神前曹長!」
食堂の入口に立つときりりと響くハスキーな女性の声が響く。目を向けた誠の前にマリアの金髪が翻った。
「今回の作戦の最大の殊勲者は貴様だ。とりあえずこれを」
そう言うとマリアは誠に小さなグラスを渡す。そこにはきついアルコール臭を放つウォッカがなみなみと注がれていた。
「良いんですか?」
「当たり前だ」
マリアに即答され、警備部の面々に囲まれてビールを並べる作業に従事しているアイシャに助けを求めるわけにも行かず誠は立ち尽くしていた。
「姐御の酒だ!飲まなきゃな」
ウォッカをラッパ飲みしながらかなめが笑う。
逃げ場が無い。こうなれば、と誠は一気にグラスを空ける。
「良い飲みっぷりだ。カウラ、お前からも酌をしてやれ」
そう言って一歩下がるマリアの後ろに、相変わらず瓶を持つか持たないかを悩んでいるようなカウラの姿があった。
「ベルガー大尉の酌か!うらやましいな」
「見せ付けてくれるねえ」
すでにテーブルに並んでいるソーセージやキャビアの乗ったクラッカーを肴に酒を進めていた警備部員の野次が飛ぶ。
「誠……いいのか、私の酒で」
覚悟を決めたと言うように瓶を持ったままカウラがそろそろと近づいてくる。気を利かせた警備部員のせいで誠の前には三つもグラスが置かれていた。誠はそれを手に取るとカウラの前に差し出した。
真剣な緑の瞳。ポニーテールのエメラルドグリーンの髪を震わせカウラは不器用にビールを注ぐ。
「あっ!もったいない」
警備部の士官が叫ぶ言葉は誠とカウラには届かない。注ぎすぎて出た泡に誠とカウラは口を近づけた。二人はそのまま見つめあった。
「あーあ!なんか腹にたまるもの食べたいなー!」
かなめが皿を叩く音で二人は我に返った。
「ああ、ちょっと待ってください。チーズか何か持ってきますから」
そう言って誠はかなめをなだめようとする。だが誠を遮るように立ち上がった警備部員が首を振りながら外に駆け出していく。
「良い雰囲気ねえ。私も見てるから続きをどうぞ」
「アイシャ。何か誤解しているな。私と神前曹長は……」
ニヤニヤと細い目をさらに細めてカウラを見つめるアイシャにカウラは頬を赤らめる。
当然警備部の兵士達は面白いわけは無いのだが、マリアがハイペースで酒を飲み続けながら睨みを効かせているので手が出せないでいた。
「まあ、いいや。誠、つぶれてもいいんだぜ」
そう言いながらかなめはもうウォッカの一瓶を空ける勢いだった。アイシャは悠然とテーブルを一つ占拠してキャビアやイクラなどを狙って食べ始めている。
「じゃあ遠慮なく」
いつもの癖で言われるままに誠はアルコール度数40度のウォッカを胃に流し込む。そしてそのまま意識を失っていった。
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