第301話 成功の確率

「おい、ベルガー。ちとそのディスク貸せよ」 


 ランはカウラから手渡されたディスクを起動した端末のスロットに差し込む。明らかに椅子が幼く見える体のランにあっていない様は滑稽に見えた。


「笑うんじゃねーぞ」 


 振り向いたランはかなめを一睨みしてからディスクを端末が読みこんだのを確認した。現れたのは現在のバルキスタンの勢力地図だった。


「現在のバルキスタンは反政府勢力の攻勢で戦線が入り組んで、敵味方入り乱れてのとんでもないことになっているわけだ」 


 そう言ってランは中央盆地にカーソルを合わせ拡大する。画面にはその中に一筋のラインと緑の勢力圏を点線で覆う紺色の淡い斜線の引かれた部位が目を引いた。


「今回の作戦はこの主戦場である中央盆地の武装勢力の戦闘継続能力の粉砕が目的だ。この盆地が民兵の手に堕ちれば政府軍を支援するという名目で米軍が動く可能性がある。実際、同盟機構の一部には出兵に積極的なアメリカ陸軍派遣の要請を検討している勢力もある。それが実現すれば同盟機構の政治的権威はおしまいだ」 


 そう言うとランは再び中央盆地の入り口に当たるカンデラ山脈の北部を拡大する。


「進入ルートはカンデラ山脈を越えてと言うことになるな。それを抜けたらすぐに誠の乙型とベルガーと西園寺は降下、そして12キロ北上してシュバーキナの警備部の部隊と合流する」 


「マリアの姐御は休暇じゃ……」


「西園寺。言うだろ?敵をだますにはまず味方からってな。シュバーキナとその直参の外惑星連合出身の警備部の隊員が。現在、神前の制圧兵器の射撃範囲を指定するビーコンを設置中だ。さっき連絡したがさすがにシュバーキナだ。予定時刻ぴったりで状況は進行している」


 ランはそこまで言うと誠の方を向いた。合流地点と言われたところから広大としか思えない範囲にかけてが赤く染められる。そこでマリア・シュバーキナ少佐貴下の警備部の精鋭部隊が任務行動中だったという事実に誠は驚いていた。


「今回は範囲指定ビーコンは部隊が設置済みだ。照準もつける必要はねーんだ。射撃の苦手なお前さんでも簡単だろ?」 


 あっさりとそう言うランに誠は自分の額に光る汗を感じていた。


「確かにこの範囲の敵を駆逐すれば反政府勢力の攻勢は頓挫するのは分かるんだけどな。このあたりには停戦監視や治安維持目的で同盟軍の部隊が展開してるんじゃねえのか?」 


 素朴な疑問をぶつけるかなめにランは狙いすましたような笑顔で答える。


「だから、非殺傷設定のアレの効果が生きるんだ。思念反応型兵器とか意思機能阻害兵器とか呼ばれているわけだが、アレに撃たれると人間なら二日は昏睡状態に陥ると言う効果があるが死にはしねーからな。今回はその特性を生かして戦闘能力を削いでしまおうって作戦なんだ」 


 ランが無い胸を張る。


「そんなにうまく行くんでしょうか?」 


 そう言うカウラにランは立ち上がって背伸びして彼女の肩に手をやった。


「うまく仕切って作戦成功に導くのが……ベルガー、オメーの仕事だ。それとクラウゼ!」 


「は!」 


 切り替えの早いアイシャは真面目モードでランに敬礼する。


「東和の空軍のバックアップはあるだろうがM7クラスだと正直、対地攻撃での撃破は難しい。そこを見極めて管制よろしく頼むぞ」 


「了解しました!」 


 そんなアイシャの気合の入った声に笑みを浮かべたランはそのままコンピュータルームを出ていった。


「さてと、カウラ。進入ルートの選定は私達に任せて頂戴よ。とりあえず出撃命令が出るまで休んでいていいわよ」 


 アイシャはすぐさま椅子に腰掛けて端末のキーボードを叩き始めた。パーラも隣の席で同じように仕事を始める。


「じゃあ、よろしく頼む」 


 カウラはそう言うとアイシャ達に視線を送るかなめと誠を促してコンピュータルームを後にした。


「ちっちゃい姐御にあれほど確信を抱かせるってのはたいした奴だぜオメエは」 


 かなめはそう言うとタバコを取り出して誠の肩を叩く。


「廊下は禁煙だぞ」 


 いつものようにカウラがとがめるが、その表情は誠には相棒を気にするカウラの思いやりが見て取れた。


「わあってんよ!しばらくヤニ吸ってるから何かあったら呼んでくれよ」 


 そう言うとかなめはハンガーへと歩き出す。誠とカウラはそのまま実働部隊の控え室に戻った。吉田はいつもどおり机に足を投げ出して音楽を聴いている。シャムの姿が無いのはグレゴリウス16世と遊びに行っているからなのだろう。


「吉田少佐。本隊はどう動く予定ですか?」 


 カウラの言葉に吉田はめんどくさそうに顔をあげた。


「こっちは『高雄』で出撃。海上に待機して様子見だ。お前等が失敗した時はカント殿の頭に銃でも突きつけて自作自演のもたらした負の遺産を身をもって味わってもらう予定だよ。まあそうなったらどこかの星条旗を掲げた正義の味方気取りの兵隊さんが笑顔で全面攻撃なんてシナリオまで見えてきちゃうだろうけどな」 


 ふざけたようなその言葉だが、誠も吉田の性格が分かってきていただけにその意味が理解できた。待っているのは本格的な紛争。そして同盟機構は瓦解し、新たな秩序の建設を大義として掲げての遼州の大乱。誠はそんな状況を想像して冷や汗が流れるのを感じていた。

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