第125話 騒動には事欠かず
「クラウゼ大尉。よろしいですか?」
西が日本酒の瓶を持ってアイシャに話しかける。
「西キュン!なあに?お姉さんに質問か何か?」
上機嫌にアイシャが答える。誠は何が企まれているか分かった。カウラが真似ていたアイシャの飲みすぎた姿。それを本人で再現させようと言うのだろう。島田とかなめはラム酒を飲みながら、サラとパーラはビールを飲みながらじろじろとアイシャを観察している。
「今回の活躍凄いですね。三機撃墜ですか。司法局実働部隊の誇りですよ」
「褒めたって何にもでないわよ。第一、ここに6機撃墜の初出撃撃破記録ホルダーがいるのに」
誠を指さしたアイシャは空いたコップを西に突き出した。西が日本酒を注ぐ。
「そんなに飲めないわよ!」
そうアイシャが言うのを聞きながらも、わざとらしくコップに8分ほど日本酒を注いだ。
「おい、西。何してんだ?」
わざとらしく島田が近づいてくる。上官である彼に西が直立不動の姿勢で敬礼する。
「なるほど、上司にお酌とは気が利いてるじゃないか。じゃあ一本行きますか!総員注目!」
島田が大声を上げる 彼の部下である技術部整備班員が大多数を占める宴会場が一気に盛り上がる。
「なんとここで、今回の功労者クラウゼ大尉殿が一気を披露したいと仰っておられる!手拍子にて、この場を盛り上げるべく見届けるのが隊の伝統である!では!」
アイシャが目を点にして島田を見つめる。してやったりと言うように島田が笑っている。さらにアイシャはサラ、パーラ、そしてかなめを見渡す。
『はめられた』
アイシャの顔がそんな表情を見せた。全員の視線がアイシャに注ぐ。引けないことに気づいたアイシャが自棄になって叫ぶ。
「運用部副長!アイシャ・クラウゼ!日本酒一気!行きます!」
どっと沸くギャラリー。島田の口三味線に合わせてアイシャは一気に日本酒を腹に流し込む。
「おい!今回はオメエがんばったよ。アタシからの礼だ。受け取れ」
そう言うと今度はかなめがアイシャの空けたばかりのコップに西から奪い取った日本酒を注いだ。もう流れに任せるしかない。そう観念したように注がれていくコップの中の日本酒をアイシャは呪いながら眺めていた。
心配そうな顔で飛び出そうとするマリアを制して明華が立ち上がる。島田、かなめ、サラ、パーラはさすがに身の危険を感じたのか人影にまぎれて逃げ出す。
「大丈夫ですか、アイシャさん」
さすがにふらついているアイシャに誠が声をかけた。
「だいじょうふ、だいじょうぶなのら!」
「大丈夫って……そうは見えないんですけど」
誠はついそうつぶやいていた。今度は本物の酔っ払いである。いつもなら白いはずの肌が真っ赤に染まっている。呂律の回らなさは、いつも自分が一番に潰れるのでよくわからないが、典型的な酔っ払いのそれと思えた。
「まことたん!まことたんね。あたしはね!」
アイシャはネクタイを緩めた。
「苦しいんですか?」
「ちがうのら!ぬぐのら!」
「いきなり脱ぐんですか!」
驚きのあまり誠は叫んでいた。ネクタイを投げ飛ばしさらに襟のボタンまで取ろうとしているので、思わず誠は手を出して止めた。
「あらあら。久しぶりねえ、アイシャちゃんてば!」
「どうせ島田と西園寺のアホが仕組んだんでしょ」
そう言うと明華は人垣に隠れようとした島田を見つけて、周りの整備員に合図を送った。取り押さえられる島田。続いてサラ、パーラが捕まって引き出されてくる。三人を見て事態を悟った西だが、あっという間に捕まり、これも明華の前に突き出された。こういう時の要領は良さそうなかなめはすでに姿を消していた。
「西園寺の馬鹿は後でお仕置きね」
そう言うと明華は引き立てられてきた四人を見下ろして、誠がこれまで見た事が無いような恐ろしい表情を浮かべていた。
「よっぱらったのら!」
アイシャが手足をばたばたさせて叫ぶので、竹刀を技術部員から受け取ったまま立ち尽くす明華はアイシャのほうを向いた。
「アイシャ。あんたはしゃべらなくてもいいから」
「そうれはかないのれす!わらしは酒のちかられ!」
そう言うとアイシャは誠に抱きついてきた。
「なにすんだこの馬鹿は!」
天井からかなめが降ってきて、アイシャを誠から振り解こうとする。しかし、運悪くそこに明華の振り下ろした竹刀があった。
「痛てえ!姐御、酷いじゃねえか!」
「主犯が何を言ってるの!隊長。こいつ等どうしますか?」
かなめに竹刀を突きつけて、後ろで騒動を眺めていた嵯峨に尋ねる明華。
「俺に聞くなよ。まあ一週間便所掃除でいいんじゃないの?」
嵯峨はそう言うと何時ものようにタバコを吸い始める。
「じゃあそう言う訳で。誠はアイシャを送って……」
「姐御!そんなことしたらこいつがどうなるか!」
かなめが叫んだのはアイシャが誠に抱きつくどころか手足を絡めて、そのまま押し倒そうとしていたのを見つけたからだ。
「サラ、パーラ。あんた等、アイシャを取り押さえて連れて行きなさい」
明華のめんどくさそうな叫びで宴は終わった。誠はアイシャから引き剥がされてようやく一息ついた。
「大変だったわねえ」
マリアが自分が飲んでいたサイダーを誠に渡す。
「まあ、そうですかね」
技術部員の痛い視線を浴びながら、誠は大きく肩で息をした。
「俺は楽しめたからいいけどな」
誠の肩を叩き去っていく吉田。自分が本当に大変なところに来てしまったと実感する誠だった。
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