第88話 覚醒の先に

『惜しかったねえ、神前の』 


 嵯峨の声が頭の中で響く。誠は突然の事態にシミュレーターのハッチに手を挟む所だった。


『別に驚かすつもりじゃなかったんだがな。そう言えば思念通話の話はしてなかったと思ってな』 


「突然びっくりさせないで下さい!」 


 閉じかけのシミュレーターのハッチを一時的に閉めて、誠はとりあえず嵯峨から情報を引き出すことにした。


「これはシミュレーターに内蔵された法術管制システムの助けを借りて話してるんですか?」


『勘にしてはいいところついてるな。ある意味あたりである意味はずれとでも言った所か?』 


 まったくつかみどころのない返答が返って来る。


『俺は浅い範囲でお前の心理状況は読ましてもらってたよ。パーラを落としてからの動きは予想通りってところかな。まあ力を信じすぎるのは戦場じゃあ自殺行為だ。少なくともその辺がないのは安心したね』

 

 考えることが読まれている。嵯峨には少なくともその力がある。その事実は誠にとってあまり気持ちのいいものではなかった。


『頭の中読まれるのが気持ち悪いのは同感だ。まあ今回は司法局実働部隊隊長の責務としてやったことだ許してくれや。別に大学卒業までまるっきりもてなかった貴様が急にカウラやかなめやアイシャに持ち上げられていい気になって……』 


「読んでるじゃないですか!職務と関係ないこと!」 


 シミュレーションマシンの中で情けない表情を浮かべて誠は叫んだ。


『いやあ面白そうだからついね。まあ三人ともお前さんが来てから妙に元気でね。なんと言ってもあの仏頂面しか見せないカウラが、時々笑うんだからびっくりしたよ。それにかなめがここのところ一度も誰か殴って暴れたりしてないし、アイシャも鎗田の野郎に直接制裁は加えてないしな』 


「それは法術とは関係ないんじゃないですか?」 


 さすがに三人の話をされると照れくさくなって誠は本題に戻ろうとした。


『俺はな、神前の。法術なんてものよりも、お前さんのそう言う所を評価してんだよ。後三日後には作戦宙域に入る。その二日後、同盟会議から自動的にさっき話した法術と言うものの存在とそれの軍事利用の放棄の声明文が出される』 


「法術の軍事利用の制限……結果として軍を解雇されるものが多数出てくると?」 


 それなら僕は要らないじゃないか?誠は自然とそう思いはじめていた。


『逆だな。かなり前から遼州星系各国は秘密裏に法力を持った兵士を集めていた。東和共和国もまたしかりだ。第一、そんなことでもなけりゃあ、お前さんがここにいるはずがないだろ?各国は表向きは法術使用不可と正札立てておきながら、裏じゃあそれなりの条件で囲い込みにかかるだろうな。たとえばお前さんのレベルの法術師なら……』

 

「じゃあ今回の作戦はなんの意味があるんですか?」 


 僕も囲い込まれた口なのか?そんな思いが誠の言葉を支配している。


『外交なんてものは嘘でもいったん表ざたにされれば、それなりの効力は持つものだ。確かに力のある奴を手放さないのは事実としても、力の使用に踏み切るまでには相当な覚悟と時間が必要になる。ましてや軍事行動に移るとなれば、相当な大掛かりな下準備がいる。そんなことをすれば世間の暇人達が騒ぎだすには十分なでかい音が立つことになるだろうな』 


 嵯峨の言わんとしていることはよく分かった。


 そして司法執行機関で、各軍に対し中立であり、なおかつ作戦行動にいたるまでに必要とされる時間が少なくて済む司法局の存在の重みが増してくると言うことになる。


『また心を読んじまったけど、大体そんな理解で十分だと思うよ……って腹減ったから後でな』 


 突然頭の中から嵯峨の存在が消えた。誠は今度は落ち着いてシミュレーターのハッチを開いた。


『あっ、言い忘れたけど思念通話のことは他言無用で』 


「分かってますよ!」 


 歯にものが挟まったような感覚に囚われながらシミュレーターのコックピットから飛び出すと、誠は大声でそう叫んだ。

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