第87話 法術師としての目覚め
『カウラ!そっちの作戦はできた?』
冷静な明華は淡々とそうたずねてくる。
『準備万端ですよ!姐さん!たまには勝たせてもらいますよ!』
『吹くじゃないの『かなめちゃん』』
かなめが切れた。アイシャ風に明華に『ちゃん』付けで呼ばれた途端、モニターのかなめの額に血管が浮いたような気がした。
『第二小隊、状況開始!』
カウラのその言葉で突入をしようとした誠の横をかなめの機体がすり抜けていく。
『西園寺!』
「西園寺中尉!」
叫ぶ言葉は届かない。かなめの機体は明華とマリアの長距離砲の弾幕の中に消えた。さっきの打ち合わせはなんだったのか。そんなことを思いながら誠は加速をかけようとする。
『ブラボースリー!西園寺のことは忘れろ。アイシャとパーラが突っ込んでくるぞ!』
カウラは素手に気持ちを切り替えていた。
「しかし西園寺さんは……」
『自分で言ってたろ?あいつも落とされて少しは勉強した方がいいんだ。早速来たぞ!第一小隊4番機、パーラだ。簡単には落ちてくれるなよ!少尉!』
逆上したかなめの突撃に不安を感じながら、誠は確認したパーラの機体に正面装甲を向けて正対する。
「回り込まれないようにして距離をつめる!」
誠はパルススラスターに火を入れた。対Gコックピットのなせる業である急加速をして一気に距離をつめた。
「ここで上昇!」
パーラがライフルを構える前に急制動をかけ、脚部のスラスターに出力をうつして上昇する。4番機の放つ弾幕が紙一重の所を掠めた。
「今だ!」
サーベルを抜き、パーラの機体の頭部に向けて振り下ろした。だが、振り降ろされた描く軌道がパーラの機体とシンクロしているのがわかった。
『やばい!ミスった!』
心の中で誠は叫んだ。パーラも一箇所にじっとしているほど馬鹿ではない。それにサーベルを繰り出すタイミングが早すぎた。サーベルが振り下ろされようとする時、もう既にパーラは機体を退かせようとしながら同時にライフルをつかんだ右手を挙げようとしている。
『させるか!』
誠は心の中で自分自身に言い聞かせるように叫んだ。 その時だった。
空を切ろうとするサーベルを見つめている誠は、自分の体に少しばかり異変が起きていることを感じた。
頭に一瞬だけ血の気が抜けていくような感覚が走った。立ちくらみはそれなりに鍛えている誠には経験がなかったが、おそらくこんな感覚なんだろう。そう思った瞬間、コンソール上の見慣れないメーターに反応が出た。
しかしそれでも遅すぎる。事実サーベルは大きく宙を裂いた。
「やられる!」
誠はいつものことだと半分あきらめながらモニターを眺めていた。しかし何故かサーベルを操作する手に重量感のような感覚が走っていた。次の瞬間、モニターの中のパーラ機は真っ二つに切り裂かれていた。
『敵4番機沈黙!やったな!神前少尉!』
爆発に飲み込まれないよう距離をとっている誠の機体に向けてカウラがそう呼びかけてきた。
「落とした?僕が?そんな感覚は……!」
初めての撃墜に上の空だった誠も、コンソールの多くのメーターが大きくぶれていることに気がついた。
「空間がひずんでいる?もしかして空間ごと斬った?」
サーベルは仮想敵を斬ったわけではなかった。その存在する空間そのものを切り裂いていた。事実、重力波メーターは反転している。
『次!アイシャがどこかに伏せているはずだ!神前少尉、警戒しつつ前進。西園寺が落とされていれば狙撃が来るぞ!』
とりあえず考えることをやめた誠は、計器類の異常を無視してデブリの中に機体を突っ込ませた。
『パーラさんがポイントマンとして先行するならアイシャさんも近くにいるはず!』
記憶をアサルト・モジュール戦の教本を思い出すことに集中する。
「こちらから確認しにくくて、攻撃にもすぐうつれるスペースのある場所!」
誠はようやく回復したレーダーと、少ないながらも散々叩かれて鍛えた勘で、戦艦の破片らしきデブリにあたりをつけた。
『神前少尉!狙われているぞ!回避行動を取れ!』
カウラの言葉が響いた時にはもう遅かった。デブリからのぞいているライフルの銃口からレールガンの弾丸が発射された。
『今度はやられる!』
そう観念した次の瞬間、目の前に黒い壁のようなものが展開されていた。
「なんだ!?」
誠が叫ぶ。
弾丸がその奇妙な空間に吸い込まれて消える。センサー系のメーターがまた反転する。ただ黒い空間が目の前に見えるだけだった。
『神前少尉!無事か』
いったん引いたアイシャの代わりに駆けつけたカウラの声が響いた。
「不思議と落ちていません。でも……」
誠は意外な出来事に当惑しながら次第に落ち着いていくメーターを眺めていた。カウラの掃射を浴びて全速力で離脱していくアイシャ機を眺めながら誠は考えていた。
『法術による干渉空間の制御か。シュぺルター中尉が言っていた能力ってこれか?』
『呆けるな!神前少尉!狙撃が来たら即死だぞ!』
カウラの言うとおりだ。先ほどアイシャの攻撃を凌いだ法術も常に働くと言う保障はない。嵯峨も法術兵器は未だ実験段階だと漏らしていた。
『まるで僕はモルモットか?でもなんで僕が?僕に何でこんな力が?』
そう思いながらデブリ沿いアイシャを追撃する。
目の前に火線が見え始めた。
『西園寺の奴、どうやら現役の意地で生きているようだな。神前少尉!すぐ救援に向かえ!私はアイシャを片付けてから後に続く!』
カウラはアイシャの消えていったデブリ帯に機体を進めた。たった一人で宇宙空間に取り残されると言うのは気分のいいものではなかった。
『僕には力がある。そうだ力を使えるんだ!』
自分に言い聞かせるようにして誠は言葉を飲み込んだ。三機のアサルト・モジュールが戦闘を行っていた。
明華の四式改の黒い機体。本来なら嵯峨の専用機である。
マリアの灰色の05式丙型のシルエット。電子線を得意とする吉田の愛機は独特の円盤のようなシルエットでかなめの行く手を阻んでいた。
どちらも長距離砲戦仕様の機体が、紫色のかなめの05式甲型を狙撃している。良く見ればそれは狙撃ではなく威嚇射撃だった。かなめはこれまで見たことも無いようなトリッキーな動きで二人を翻弄するものの、明華、マリアの的確な火線はライフルでロックオン可能な領域への侵攻を許さない状態が続いている。
「西園寺さん!助太刀に……!」
かなめに通信を開いた途端、マリアの05式から放たれたロングレンジレールガンの一撃が誠に向かってきた。
『今度だって!』
誠は意識を集中し、機体前面に干渉空間を形成し、いったんは危機を逃れた。計器が大きく乱れ、前方の視界は干渉空間のため殆ど無い。誠は後退しながら計器の回復を待った。
「何!」
そう叫ばなければならなかったのは、ついにかなめが明華の一撃を食らって撃墜されたからではなかった。
『すまんな!神前!』
不意に視界が奪われ、マリアのロングレンジライフルがコックピット前面に押し付けられていたからだ。
「参りました」
『そんなに落ち込む必要はない。これも貴様の為だ。じゃあ後はベルガーだけだな』
そう言うとマリア機はデブリの中に消えていった。誠はゆっくりとシミュレーターを終了させた。
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