第六章 司法局実働部隊男子下士官寮

第36話 消された事件

 司法局実働部隊隊長室で呼び出された誠は、ランと吉田と並んで立っていた。そして初めて入る隊長室の混乱振りに、しばらく誠は呆然と立ち尽くしていた。ランが以前その混乱ぶりを語ったように、部屋はガラクタで埋め尽くされていた。


 決済済みの書類の隣には、万力に固定された拳銃のスライドが見える。来客用のテーブルにはボルトアクションライフルが部品の一つ一つにまで分解されたまま置かれている。本棚には埃を被った大鎧の胴が押し込まれていたり、古新聞の束が紐で束ねられたりしているのが見える。


 この部屋の主の嵯峨は、ぎしぎし言う隊長の椅子に背もたれに体を預けて、頭の後ろで両手を組んで三人を見つめていた。


「まさか同盟司法局直属の実力部隊と言う肩書きのうちの隊員が、マフィアの三下にのこのこついて行きましたなんてかっこ悪くて俺も言えなかったんだよ。そこで、まあお前の件は麻薬取引の現場にすり替えて報告したわけ。俺がイタリアンマフィアのボスをパクった件は、まあ連中も嫌な顔してたよ。神前の件を表ざたにせずに、あの大物の身柄を拘束し続けようっていいうんだからな。まあ叩けば埃が出る野郎だから何とかなったみたいだけど」 


 嵯峨は直立不動の姿勢をとっているラン、吉田、誠を前にしてそう言った。


「じゃあ僕の責任は……」 


 恐る恐る誠はそう言ってみた。嵯峨は顔色一つ変えずに語り始めた。


「聞いてなかったのか?そもそもお前はあそこに自分で突入したって言うことで口裏あわせも済んでるし、警察の連中もそれで書類が作れるって喜んでるんだから問題無いだろ?まあどうせ東和警察の連中には信用なんてされてないんだから、お前が責任云々言う話じゃないよ。まあ俺らの上部組織の司法局の本局には報告義務があるから、それなりの書類出して処分を待つ形だが……ラン……。さすがに今度は減俸二ヶ月は食らうかな?」 


 減俸という言葉に誠は思わず背筋に緊張が走るのを感じて隣のランと吉田に目をやった。


 二人とも全く動じるそぶりもなく、話を向けられたランは頭を掻きながら嵯峨に対する言葉を探っていた。


「まあその線が妥当じゃねーですか?西園寺の馬鹿が以前、何処とは言いませんが、同盟に非協力的な国の大統領に発砲しかけた時は半期のボーナス全額カットだったし」 


 ランがさらりとそういってのけたのを見て、誠はただ驚きに目を白黒させるだけだった。


「じゃあ神前。報告書も何もいらないから。まあしばらく頭冷やしてゆっくりしろや」


 そう言うと嵯峨は目の前の書類に目を墜とした。


「それじゃあ失礼します!」 


 誠は勢い良く扉を開けて出て行った。その様子を見送りながら嵯峨はひじを机の上についてその上に顔を乗せてランを見つめる。


「ラン。ちったあ、フォローしてやれよ。一応、機動部隊の隊長はテメエってことにしてやってるんだからなあ?」 


 風船ガムを膨らまして、虚ろな目つきでやり取りを傍観していた吉田がそう言った。ランは頭を掻きながら吉田を見上げた。


「そうだな、起きたことは仕方が無いけど。問題はこれからのフォローだな。機動部隊隊長さんには苦労かけるがよろしく頼むよ」


「しゃーねーなー……了解しました!」


 嵯峨の言葉を背に、ランはめんどくさそうに頭を掻きながら部隊長室を後にした。

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