第35話 皆殺しのカルヴィーノ

 二人きりになったとたん、店員の表情は敵意に満ちたものから穏やかなそれに代わった。嵯峨はそれを確認すると静かに店員の肩を叩いた。


「ずいぶん長い内偵になったね……まあお前さんは慣れてるかもしれんが」 


 店員は周りを見回した後、安どの笑みを浮かべながら静かな調子で語り始めた。


「お上。カルヴィーノは今朝、私室に入ったまま動く様子はありません。見込みどおりあの男がロシアの外務省のエージェントと接触しているのは私も……」


 嵯峨は手を上げて若い男の言葉を制した。 


「そいつはダミーだよ。何しろ今回の一件はこっちから仕掛けてるんだ。パレルモの旦那衆も馬鹿じゃねえよ。神前ちゃんの売り手はいくらでもあることくらい、ちょっと頭の回る人間ならすぐわかることさ。値段がつりあがるまで待って、そこで引き渡すってのが商道ってもんだろ?吉田の馬鹿が漁っただけでも、アメちゃんはその倍の値段を出してたぜ」 


 老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。


「じゃあ直にマフィアに火をつけたのは……」


 若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。 


「それが分かればねえ、俺だって苦労しねえよ。ただ司法局の実働部隊の隊長としては一つのけじめって奴をつけなきゃなんねえ。安心しな、オメエさんの家族は俺の直参が嵯峨家の直轄コロニーへご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?」 


 エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。


「まあちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」 


 その言葉に安心したとでも言うように、男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。あの階下の豪勢な雰囲気はそこには無かった。有るのは奇妙な殺気だけ。それが嵯峨にはそれが心地よく感じられるようでにんまりと笑いながら扉を開く。


「邪魔するぜ」 


 嵯峨に続いて、長らく店員になり澄ましていた嵯峨の配下の男がその後に続く。


 中では派手なラメの入った黒い背広を着た男が二人、巨大に見える執務机に座った赤い三つ揃えの背広に黄色いネクタイの男から指示を仰いでいる最中だった。三人とも、どこをどう見ても堅気とは見えない。


 嵯峨は素早く抜刀した。二人の男は素早く背広の中に手を入れて中の拳銃を抜こうとした。だが嵯峨のダンビラが宙に舞った次の瞬間には、二人の男の胴体は銃をホルスターから抜くこともできずに首を失って倒れこんでいた。鮮血が部屋に飛び散り首から噴き上げる血が壁や机に飛び散った。


 気障なネクタイの男は、さすがに鉄火場を踏んで来たらしく、すぐさま拳銃を抜いて嵯峨に狙いを定めようとしたが、その手を嵯峨を導いてきた若い男の手に握られた拳銃の弾が貫通した。男の手の拳銃は床に転がり、思わず傷を押さえたまま地に伏せてじっと嵯峨のほうを見上げる。


 嵯峨の制服と部隊章がその男の目の中に入ってきた。それを確認するとあきらめたように一度床に視線を落とした後、ようやく合点がいったかのように作り笑いを浮かべる。


「これは遼南上皇ラスコー陛下……。泉州公。それとも嵯峨惟基特務大佐殿とお呼びした方がいいですかね?今日はどんな用事ですか?血を見るにはずいぶんと早い時間のご訪問じゃないですか」


 男はそう言うと刀の刃先を確認している嵯峨を見上げた。そこに覚悟の色のようなものを見つけた嵯峨は、安心したように左手に持った刀を担ぐとそのまま机にしがみついて痛みに耐えている男の前に立った。 


「さすがだよ。『皆殺しのカルヴィーノ』と呼ばれただけの事は有るねえ。地獄の超特急に乗るのかもしれないって言うのに俺をにらみ返すとは、その度胸はたいしたもんだ。なにか用かって……。分かってんだろ?オメエさんの飼い犬がウチの馬鹿を一匹、拉致(らち)った件に決まってるじゃねえか」 


 カルヴィーノは悪党らしくニヤリと笑った。そしてそのままよたよたと立ち上がると血が流れている右手で乱れたネクタイを締めなおした。


「何を根拠にそんな……」 


 その言葉に嵯峨はカルヴィーノの座っていた机を蹴飛ばした。


「舐めんじゃねえぞ糞餓鬼!東都警察がテメエの配下の下部組織を四つ潰して台所が火の車だってことは分かってるんだよ!どうせこのまま行ったら次の旦那衆の会合次第で、そこに飾ってある家族ともども地球の地中海で魚の餌になる予定なんだろ?今のテメエなら金の為なら何でもすることくらいお見通しだよ!」


 嵯峨の怒声を聞くカルヴィーノの肩が震えていた。そして静かに乱れた金色の前髪を血にぬれた手で撫で付けている。それを見ると冷たい笑みを浮かべた嵯峨が言葉を続けた。


「そこであんたは手っ取り早く金になりそうな博打に出たわけだ。地球列強が探している異能力者『法術師』を生きたまま捕獲すること……しかし……相手が悪かったな」 


 嵯峨はそう言い終わると懐からタバコを取り出した。


「この部屋は禁煙ですよ。大佐殿」 


 青ざめた顔をしながらも、東都のイタリアンマフィアを統べるボスとしてのプライドから、カルヴィーノは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。


「オメエはタバコはやらねえんだったよな。まったくこの業界で禁煙主義なんてつまんねえ人生送ったな」 


 嵯峨はカルヴィーノの言葉を無視してタバコに火をつける。カルヴィーノは肩を落として嵯峨の姿をただ見つめていた。


「どうせ何も話すつもりは無いんだろ?イタリアンマフィアのその忠誠心はいつも感心させられるよ」 


 そんな嵯峨の皮肉にピクリとカルヴィーノはこめかみを動かした。


「まあここでテメエを斬ってやってもいいんだが……」


「斬らないのか?人斬り新三」


 苦々しげに呟くカルヴィーノに嵯峨は不敵な笑みで応える。


「テメエは生かしといた方が面白いからな。当局に身柄がある限りテメエの家族はどうなるかわからない……」


「言うな!」


 嵯峨の言葉で冷静を装っていたカルヴィーノの表情が変わった。


「まあ、落ちた極道の行先は地獄って決まってるんだ。完全黙秘で刑期を終えりゃあ女房の葬式にはまにあうだろ」


 嵯峨がそこまで言った時、マリア貴下の警備部の隊員達がそれぞれ小銃を手に部屋になだれ込んでくる。


「動くな!」


 長身のマリアが手にした拳銃を素早く構えてカルヴィーノの額を狙う。


「おお、ご苦労さん。まあ、これから完全黙秘を貫こうとする勇者だ。丁寧に扱ってくれよ」


 嵯峨の言葉を聞くとマリアの部下達はカルヴィーノを引き立てて部屋を出ていく。


「一件落着ってことか……いや、これからが問題か……」


 嵯峨はそう言うとゆっくりと刀を鞘に収めた。


「マリア、あとは頼むわ」


「了解しました」


 金髪の髪に青いベレー帽をかぶった指揮官らしい姿のマリアにそう言うと嵯峨はタバコを咥えたままこの店の主の部屋を後にした。

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