黄金卿の章—— 起死回生 其の③
「貴様、何処でこれを! 答えろ、俺の右腕は何処にある!?」
動揺を隠しきれないザッシュは、ダビットに掴みかかる。ダビットは顔色一つ変えずにそれを払いのけると、隠す様に写真を懐にしまった。そして、短く咳ばらいをした後にザッシュの方に向き直ると話を続けた。その眼光は先ほどまでの穏やかなものではなく猛禽類のそれのようにザッシュには映った。
「成程、噂は本当だったようだ。『自身の右腕』を探していると。――さて、これで交渉の余地は生まれたかな?」
「――分かった話を聞こう。俺は何をすればいい?」
「交渉成立だな。まぁ慌てるな。それよりも先にすることがあるだろう。――飯の時間だ。アジトへ向かう」
**** **** ****
「セレス教会を根城にしているのか。一見廃墟にしか見えんが……なるほど。隠れ家としては上出来だな」
ダビットに連れられてザッシュは古ぼけた礼拝堂を訪れていた。鷹の様な羽が生えた女性の像が建物にもたれかかる様に置かれている。外壁やチャペルは老朽化の影響で殆ど崩れ落ちており見る影もなかったが、どうやら本命のアジトは地下にあるらしい。
「まぁな。広く雨風を凌げる建物がとにかく必要だったのさ。それに……」
手に着いた砂を払いながらそう言うと、ダビットは胸から五芒星の印が刻まれたペンダントを取り出した。
「これでも敬虔なセレス教徒なんでね。捨て置けなかったのさ、この場所を」
ダビットに続き、チャペルに隠された梯子を下りていく。地下はザッシュが思っていたよりも広く、人為的に掘られた塹壕の様な物が目に入る。遥か昔、ここは戦場だったのかもしれない。
「ほぅ。中々広いじゃないか。それによく整備されている。聞き忘れていたが、構成員はどれだけいるんだ?」
ダビットの後ろへ続くようにザッシュは奥へと進んで行く。地下にある関係上、もう少し埃っぽいところを意識していたが、そうでもないらしい。中は意外と綺麗にされていた。ザッシュは前を歩くダビットに素朴な質問を投げかけた。
「ざっと、50人てところだ……今はな。数年前までは抵抗勢力はもっとたくさんいたんだ。だがな――殺されたんだよ、あの『
ダビットはこちらを振り返ることもなく、淡々と語る。感情の籠っていない無機質な声が狭い通路に反射する。
「 ――悪魔か。あんたは奴の正体を知っているのか?」
「さぁね、知りたくもない。ただあの男が、この街にとって邪悪な存在だってことは明確な事実で、それだけで十分だ。――逆に聞こう。君は、奴が我々に何をしたか知っているか?」
「あんたを見ていれば大方察するよ。……人体実験だな」
ザッシュの回答にダビットは思わず失笑する。
「フフフ、ご明察だ。……だが『人体実験』なんてそんな生温いものじゃない。あれはまさしく悪魔の所業だった。『人間を生きたまま醜い怪物に変貌させる』それが奴のいう『祝福』とう名の実験だった。被験者の人格も尊厳も……魂すらも踏みにじってな」
いつしか、握り締めたダビットの拳からは青色の液体が零れだしていた。――それが『血』だと認識できるまで、幾ばくかの時間を要した。
「――なるほど、あんたも奴のいう『祝福』を施されちまったということだ」
「そういうことだ。ここにいる連中は殆どが被験者だった奴らさ。さぁ、無駄話も終わりだ。着いたぞ、ここがアジトだ。ようこそ我らが組織『アトランテ』へ。歓迎するぞ『
黄金で作られた林檎を齧る少女が描かれた分厚い扉が目の前に現れた。どうやら、この先が抵抗組織——アトランテのアジトらしい。
(さてと、こうなれば精々利用させてもらうとするか。もっともお互い様かもしれんがな)
ザッシュは心中で呟くと、ダビットに続いて扉の奥へと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます