黄金卿の章―― 道化 其の①

 時計の長針と短針が三周ほどし、上空に碧き月が爛々と輝く頃。

 ザッシュ達は街の外れ――住民で言うところの暗黒街にある、その名に恥じない漆黒で彩られた巨大な円錐状の建造物の前にいた。今は闇夜に紛れているが、昼間ならばその異様さに圧倒されるだろう。それほどまでにこの建物は威圧感にも似た雰囲気を醸し出していた。


「おい、本当にこんなところに奴がいるのか? そもそも此処は何の施設だ? 」


「静かに。声が大きいわ。 此処は『マシーンリバー』。かつて軍事機体の工場だった場所よ。この地下に『黄金卿』に続く隠し道があるの」


 虚空に響くザッシュの声を諫めるように、イザラは小声で説明する。


 マシーンリバー。その名の通り、軍事兵器や戦闘用甲殻機体が川の流れに乗るかの様に増産される工場。かつてはただの鉄屑工場だったものが、黄金卿エルドリッジの手によって巨大な軍事生産工場へと生まれ変わった。一説には、街で起こった内乱を逆手取り、彼は勢力を拡大させていったのだという。そして、全てが終わった後、人知れず閉鎖された――はずだった。


「でも、どうやって入るんです? 入口とか玄関とか何処にも見当たらないんですけど。そもそもほんとに建物なんですかねぇこれ 」


 アリスの素朴な疑問に、イザラは得意げに人差し指を振って見せた。


「慌てないの。入口は必ずあるわ。まぁ見てなさい」


そう言うと、イザラはブローチを掲げて『投射スクリーン』と唱えた。すると、ブローチは碧色に発光し、建造物を照らした。そして、何箇所か照らしていくとブローチが一定の間隔を置いて点滅し始める場所が現れた。


「ビンゴ。如何やらこの場所に入口はあるようね。ザッシュ君、この壁を思いっきり殴って頂戴」


「……あ、ああ。イマイチ釈然としねぇが任せろ」


 ザッシュは言われた通りに指定された場所を左腕で強打した。すると、さほど抵抗もなく、壁だった所は真ん中で綺麗に分かれて開かれた。


「は、はは。マジかよ。ほんとにありやがった」


 実際のところ半信半疑だったザッシュは、その衝撃に度肝を抜かれ、空笑いし微かに震える左手を強く握ることしかできなかった。


一方、アリスとはいうと


「ひ、卑怯ですよイザラさん。一体いくつ隠し玉を持っているんですか!これ以上わたしに差を付けないで下さい」


といった良く分からない理由でイザラに噛みついていた。

そんなアリスの憤慨にも目にくれず、イザラは得意げな顔で言った。


「あら。誰も追加機能は一つだけだなんて言ってないわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る