黄金卿の章―― 道化 其の②
建物の中への潜入した一向は、案内人を買って出たイザラを先頭に内部を突き進んでいた。鉄屑に塗れ、ほったらかしにされている部品倉庫を後にし、現在、仄暗い通路に差し掛かっていた。
電気系統は死んでいることもあり、視界に写るのは辛うじて前を歩いている人間の影だけといったところだ。
「おい、ほんとにこの先にデップはいるのか? 全く人間がいる気配がないんだが」
辺りから漂う独特のオイル臭に顔を顰めながら、ザッシュは叫んだ。何処からか機械音の様な鈍音が建物内に響いており、自分の声ですら張り上げないと聞こえない有様だ。
「おい、イザラ。聞こえてんのか?返事しろ」
ザッシュは若干のイラつきを覚えながら、前を歩くイザラの肩を掴んだ。――その瞬間、ザッシュは何処となく違和感を覚える。
(なんだ……?やけに小さい肩しているな。ほんとにこいつは――)
ザッシュが疑問を消化するよりも前に前を歩く人間が発声する。
「もう、なんですかザッシュさん。わたしはイザラさんじゃないですってば。間違えないでください!」
「……アリス!? おい、イザラは何処へ行った?」
「知らないですよ。わたしはてっきりザッシュさんの後ろを歩いてるもんだと思ってました」
ザッシュは何か嫌な予感を覚えつつ、アリスを引き寄せその場で立ち止まる。すると、それを見計らったかの様に上空から何かが落ちてきた。ザッシュはそれを拾い上げる。
「こいつは……」
それはイゼラが持っていたあの高性能ブローチだった。どうやら何かが投射されているようだ。そこには文字が映っていた。
『案内ごくろうさま。後はディナーをお楽しみに』
釣られて上を見上げる。それに呼応するように室内の照明器具が付く。
2階からザッシュ達を見下ろす男がいた。ひどく痩せこけた道化師の様な男だった。頭には継接ぎされたカラフルな頭巾を被り、顔は白く塗りたくられ、口角が上がった口内から除く歯は全て黄金に輝いており、モスグリーンの両目は爬虫類のようにぎらついている。その全身からは気色悪さが余すことなく滲み出ていた。
ザッシュの直感が告げていた。コイツが『賭博荒らしの道化師——デップ』だと。
「ようこそ、諸君。そしてさよならだ」
甲高い声で男――デップは宣言する。そしてザッシュは静かに状況を察した。
「……やられたぜ。嵌められたのはオレ達の方か」
「ナハハ。今頃気づいたのかねヌケサク君。遅かったですねぇ。あの方はもうすべてにお気づきですよ。そしてキミ達があの方に逢うことは――金輪際なぁい! お出でなさいジュタイラァァ!」
デップが高らかにその名を叫ぶと、人の身長を遥かに凌駕し、辛うじて人の形を保った顔面以外を歪な機械とグロテスクな肉片に変形させた異形の化物が左右の壁をぶち破り突如出現た。
「――あのですね、ザッシュさん」「――何だアリス」
ザッシュは視線だけをアリスに送る。
「すぐ人を信じる癖、そろそろ治したほうがいいですよ」
「……ああそうかい。ご忠告どーも」
ザッシュは静かに右腕で宙を切り、腕を形状変化させていく。アリスは瞬きを一回した後、慣れた手つきで弾薬を短銃に込める。
そんな二人の様子には目もくれず、デップが顔を醜くし歪ませ、舌なめずりをする。
「さぁお行きなさい! おっと、お嬢さんの方は殺さないように。 やはりお楽しみの時間は大切ですからねぇ。……それでは、いただきまーすゥ!」
不快和音の様な叫び声が建物全体に響き渡る。それは図らずも戦闘の合図となった。
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