黄金卿の章―― 火薔薇の女 其の①



 


 ――隠れ家1階・酒場。宵を迎えたばかりのここは食堂を兼業していることもあって、腹を空かせた賞金稼ぎバウンティーハンター達で溢れかえっていた。

 そんな中。同業者とは思えない――が自然と店内に馴染んでいる、見覚えのある赤髪の美女が垂れた髪先をつまらなそうに弄りながら、愁いを帯びた表情で入口付近の壁に背をもたれさせ佇んでいるのをザッシュは発見した。


「――探したぜ。いや、これはあんたの台詞か。……どうしてここが分かった?」


「やっぱりここにいたのね。全く何も言わずに出ていくんだもの。なんで分かったかって?……そりゃ分かるわよ。だってアナタの連れ、どっからどうみても賞金稼ぎバウンティーハンターじゃない。彼らが居るところなんてたかが知れているわ。獲物が潜む場所か、隠れ家くらいよ」


 そう言うと彼女はザッシュの後ろで何処から取って来たのか、蜂蜜がたっぷり乗ったフレンチトーストを口いっぱいに頬張ったアリスの方を一瞥する。その視線は彼女の髪に留められた鷹の羽飾りに向けられていた。

 そして、赤髪の美女がその豊満な胸元から鷹の羽飾りが付いたブローチを取り出したのを見て、ザッシュは一人納得し、鼻を鳴らした。


「フン、成程な。あんたも同業者って訳だ。差し詰め、カジノのホールガールは隠れ蓑ってとこか?」


「そういうこと。あそこは情報収集するのに打ってつけだしね。――そういえば、自己紹介がまだだったわね。アタシはイゼラ。『火薔薇フレイムローズのイゼラ』って言ったら聞いたことくらいあるんじゃないかしら? それで、あなたは? ガタイが良くて素敵な右腕のお兄さん」


「さぁ、知らねぇな。生憎、あんたらの業界には疎いんでね。オレはザッシュ。

錆刃剣ラスト・ブラット』と呼ぶ奴もいるが、気にしないでくれ。それで、イゼラちゃん。わざわざオレに会いに来てくれたってことは、さっきの続きをしてくるってことでいいんだな?」


「あら、覚えていてくれたのね光栄だわ。でも残念。後ろにいる子猫ちゃんに免じて今日は遠慮しておくわ」


 イザラは、ザッシュの後ろで口にフレンチトーストを含んだまま固まっているアリスを見ると、右目でウィンクし、口元に手を当て上品な趣きで微笑んだ。

 その余裕そうな表情を見て、アリスの心中に焦りと不安が奔る。そしてその感情を払拭することも敵わず、ザッシュを肘でノックして彼に耳打ちする。


「――ちょっと、誰なんですかこの人! 続きってなんですか?わたしがいない間にこの美女と一体何しようとしてたんですか!?」


「あん? そりゃお前、『お楽しみ』に決まってんだろうが。ガキは分かんなくていい」


「あーっ!そーやってまた子供扱いして!いいですか、わたしだってもう立派なレディーなんですよ!? 胸だってこんなに――」


「は、何してんだお前――おい、バカ、やめろ! 」


 アリスが上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外しにかかったところで、ザッシュは慌てて肩を掴むと、それ以上先に進むことがないよう全力で制止した。油断の隙もないとはこのことである。


「全くお前ってやつは……貞操観念という言葉を知らねぇのか?」


「失礼な。それくらい知ってますよ。それにザッシュさんなら必ず止めてくれるだろうと思っていましたし。――まぁ、どさくさに紛れて既成事実を作れなかったのは残念ですけど」


「……おい。お前今なんか物騒なこと言わなかったか?」


 アリスに尋ねるも、返ってくるのは彼女が澄ました顔で放つ「気のせいですよ」という空返事だけであった。

 

(いつまで続くのかしらこの漫才)


そんな二人の様子を見つめていたイザラは、肩を竦めると一人微笑みを浮かべるのだった。


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