Tell me what you love

出水紫苑

短編


「ねえ、『好き』って知ってる?」


オレンジ色の光が、窓から差し込む教室。


授業はとっくに終わっていて、残っているのはわたしと質問をしてきた彼女、安斎さんの二人だけ。

安斎さんとはただのクラスメイトで、話したのは片手で数える程度しかない。


それなのに何故今二人で残っているのかというと、単純に日直だから。


日直の仕事はそんなに多くはなく、本来なら日誌を書いて帰れるはずだった。

しかし、今日に限って資料整理を頼まれてしまった。面倒くさいが仕方がない。



それに、彼女とふたりきり。



――――好きな人と、ふたりきり。



普段中々話す機会がないので口実ができて嬉しい。

しかし、急に二人きりになったものだから何を話したら良いのか分からない。緊張で手が震えているし心臓の音が煩くて落ち着かない。


ゆっくり話したかったが今日はやめていおこう。資料整理ももう少しで終わるし早く終わらせて帰ろう。


そう思っていたのに、安斎さんは予想もしなかったところから爆弾を落としてきた。


「…はい?」


「だから、『好き』って知ってる?」

「………知ってるけど?」

「ホントに?」


本当もなにも『好き』と一言で言っても色々あるが、わたしは家族が大好きだし、友達も面白い子ばかりで好き。アニメも好きだし運動も好き、勉強は…英語は嫌いだけど数学は大好き。


……………好きな人も、目の前にいる。


安斎さんがどの『好き』を言っているのかは分からないが知らないということはないだろう。


「本当。安斎さんは?知らないの?」

「紗梨奈でいいわよ。名字で呼ばれるの好きじゃないの」

「わかった…」


いきなり好きな人を名前呼びできるなんて…今日が日直でよかった。資料整理万歳!

そんなことを思いながら平然を装い返事をする。

安斎さんはこちらを一度も見ず手を止めることなく話を続けている。


「えーと、なんだったかしら。ああ、そう。『好き』についてね…………わたし、『好き』が分からないの。どう感じたら好きなの?何を思ったら好きなの?楽しいの?苦しいの?色んな本を読んでみたけれど分からなくなる一方で。理解するより自分で好きになった方が早いと思って最近は告白されたらとりあえず付き合ってみるけれど、全然楽しくないし意味不明なこと言われて喧嘩になったりするし、結局何も分からないまま別れちゃう。だから、知っているなら教えて欲しいの」


安斎さんの言っている『好き』はそういう『好き』か。

でもあまりにも淡々と話すからまるで他人事のように聞こえる。


『好き』………か。

教えてあげたいけど考えて分かるものじゃないし。

どうしたものか……。



「一ノ瀬さん?」



考えているうちに手が止まっていたらしい。


顔を上げると彼女と目が合った。吸い込まれそうなほど綺麗な彼女の目を見ているとある考えが浮かんだ。

わたしは一度呼吸を整えて何も言わずに彼女の手をとり自分の左胸に当てる。


「え………ちょ、ちょっと?」


「そのまま」



そしてわたしは――


――――安斎さんに唇を合わせた。


顔を離すと安斎さんは目を丸くしてわたしを見ている。


「早くなったの、分かった?」

「え、うん」


「……………………………これが『好き』」



沈黙。


しまった…。してから気づいたが女の子同士でキスなんて嫌だったかな?

中学生のとき女子の間でキスが流行った時期があったのでわたしはキスをするのに抵抗はないけれど、安斎さんは違うかもしれない。

でも欧米ではキスは挨拶みたいなものだし……。


「安斎さん?」


嫌われたかもしれないと不安になってうつむいている彼女の顔を覗き込むと、安斎さんは顔を真っ赤にしていた。



「…………なるほど」


ん?何がなるほど?


「……わたしのこと、好きなの?」


今度は安斎さんが顔を近づけてくる。


おお!?なに!?

この展開は予想していなかった。

『好き』を教えるつもりが、よく考えたら告白したようものだ。

でも今は振られる準備ができていないから誤魔化すしかない。


「う~ん。友達として?好きだよ」


少し、いやかなり苦しいが誤魔化してみる。

もっとうまい誤魔化し方はなかったのかを自分でも思う。

普通の友達にどきどきなんてしないだろう。



「そう。じゃあもう一度キスして」


「え?」



今なんて…聞き間違い?


「ほら」


おおおぉぉお!?


わたしの気持ちが分かってからかっているのか分からないが、目の前で好きな人が目を閉じてキスを待っている。

意を決して彼女にキスをしようと一歩近づくが…


「遅い」


彼女は目を開け、左手でわたしの右手をとると自分の左胸に当て、右手は先ほどと同じようにわたしの左胸に当てた。


彼女の鼓動は通常よりも早い気がした。


「目…閉じて?」


そう言った彼女の鼓動は更に早くなった。

言われるがままに目を閉じる。


そっと唇にやわらかいものが触れた。



触れたのは一瞬だけ。

触れてから心臓の音が煩い。わたしのものか、それとも彼女のか分からない。


目を開け、見つめ合う。



「ふふっ耳まで真っ赤」

「…………………」

「ねえ、わたしのこと、好き?」




「……………好きだよ」




彼女は微笑んで言う。


「ありがとう。教えてくれて」



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