第4夜・花畑
この話の登場人物のような行動をとると、不法侵入及び器物損壊の罪に問われるほか、生涯所得に匹敵するような金額の損害賠償を負ったり、社会的地位も失うおそれがあります。くれぐれも真似しないでください。
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「お父さん、お父さん」
駅を離れ、キーキーと音を立ててカーブを進む、地下鉄の車内。
そのドアにへばりつくように立った娘が、おれの
「どうした、ユウ?」
「おはなだよ、ほら、あそこ!」
「え?」
あっと思ったときには、もう、娘が指差したものは窓の外に消えてしまっていた。
そういえば、この場所は…!
それは、おれ達がまだ大学生という、悪ガキだった頃の話だ。
その日は、明後日にも地下鉄が延伸開業するという日だった。
その日はクラブの仲間で集まって、ちょっと遅めの成人祝いと称して、ビールジョッキを片手にワイワイ騒いでいたんだっけ。
「そういえば、明後日から、工学部まで地下鉄が通るんだよな」
セイジがそんな事を言いだした。
「そうだな、雨の日はちと楽になるかな?」
そう返すと、セイジは、銀縁の眼鏡をちょいと直して、
「サルところから聞いた話なんだけどな、今なら、開業前の線路を歩けるらしいぞ」
「へええ……えっ!?」
なんだって?
「それ、ホントかよ!?」
ミチルもびっくりしている。
セイジは声を潜めて、
「そこの
何を隠そう、おれ達はいわゆる鉄オタだ。当時は鉄キチが正しい言い方かもしれないけど。こんなウマい話を聞かされて、何もしないわけがない。
酔った勢いもあって、早速、実行することになった。
駅に集まったのは、おれ、セイジ、ミチルの3人。
みんなで最低料金の乗車券を買って、駅のホームに降りる。終電までまだ1時間あるから、怪しまれはしないだろう。
「ここだ」とセイジが言ったのは、エスカレーターの裏、飲料の自動販売機の陰にある扉だった。
「ここは、ちょうど監視カメラの陰になっていて、駅員から見えないんだ、そうだ」
確かに、見渡しても、監視カメラは無いように見える。
セイジは、そっと扉を開けると、中に滑り込んだ、おれ達も後に続く。
狭い通路を抜けると、本当に線路とホームの間に出てきた。開業前だから、明かりはホームのものしかないが、結構明るかった。
「急ぐぞ」
セイジはペンライトを点けると駆け出した。
見つからないうちにと、おれ達は、急いでペンライトを追いかけた。
「ふうっ」
ホームが見えなくなったところで、おれ達は足を緩めた。
「うまくいったな!」と、おれ達はハイタッチ。
おれ達は、線路と壁の間を歩いていく。
「そうだ、この辺に、おれ達の記念を残していかないか?」おれが言うと、
「いいね!」ミチルがすぐに賛成する。
セイジは……
「ふっふっふっ」と笑いながら、バックパックから何かを取り出す。「これ、なんだ?」
それは、スプレーラッカー!
金色と、なぜか緑色のスプレーラッカーがそこにあった。
「なんでミドリなんだよ??」とミチルが突っ込む。
「その辺で売れ残ってたヤツだからしょうがないだろ」とセイジ。
「それにしても、金と緑……そうだ、ヒマワリでも書くか?」
言ってから後悔。なんでヒマワリなんだよ!?
そうしたら、
「いいね!!」ミチルが大乗り気だった。
ま、ミチルが乗り気ならいいんだ。画才があるのはミチルだけだし。
「どうせならでっかく書こうぜ、電車からでも見えるくらいに」
セイジもノリノリだし。
「よし、まかせろ!」と、ミチルが両手にスプレーラッカーを構えて書き出した。
おれとセイジは、周辺を警戒……とか言いながら、持ち込んだ缶ビールを開ける。
みちるのスプレーさばきは的確で、ものの数分で、見事に、巨大な一輪のヒマワリのラフ画が出来上がっていた。
下書きといいながらも、まさに、そんじょそこらの落書きとは一線を画する出来栄えだ。
「よし、仕上げにかかるか」と、ミチルがスプレーを構え直したその時。
おれ達に、眩しい光が突き刺さった。
「そこに誰かいるのか? 何をしている!」
しまった!
おれ達は、慌てて逃げ出した。
それから、どこをどう走ったのか覚えていない。
気がついたら、おれ達は、この付近で一番大きな神社の参道にへたり込んでいた。どうやら、追手に捕まることなく、無事に生還できたらしい。
おれ達はお宮に感謝の祈りを
翌々日の延伸開業の日、当然、おれ達は始発の電車に乗るため、駅に集合していた。
何気ないふりをして、例の扉に向かうと。
そこには、何もなかった。
扉どころか、自動販売機もない。
継ぎ目もない壁があるだけだった。
「え……」
声が出そうになったが、なんとか、自制する。
すぐに電車に乗り込み、発車を待つ。
電車は満員だったが、おれはなんとか、壁が見える場所を確保できた。
そして電車は動き出し……例の場所を通過する。
しかし。
「どうだった?」
駅で、セイジが聞いてくる。そうか、彼は見えない位置にいたのか。
おれは首を振る。
「進行方向左で間違いないよな。気をつけてみてたけど、何もなかった」
「おれは右側を見てたけど、何もなかった。花は蛍光灯より上に書いたから、見えないとおかしいのに」
ミチルもうなだれている。
その日は3往復したが、結局、ヒマワリは見つからなかった。
おそらく、保安員に消されたのだろう。
ミチルは、そう簡単に消えるわけがない、消されても跡は残るはずなのにと、ぶつぶつ言ってはいたが。
あれ以来、何度も地下鉄に乗ったけど。
あの場所は、いつも注意して見ていたけど、ひまわりは全然見あたらなかったから。
てっきり、とっくの昔に消されたのだとばかり思っていた。
だけど、まだ、消されずに残っていたんだ!
それにしても、あんな悪ガキだったおれに、こんな可愛い娘がいるようになるなんてね。
「ほんと、すんごいひまわり畑だったよ」
今回も見損なってしまったが、そんな娘のはしゃぎ声を聞きながら懐かしい思い出に浸っていたのだが。ふと、あることに気がついた。
ひまわり“畑”だって?
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