第24話 横須賀東高校
ミーティングルームに集まった面々は、瞳から横須賀東高校の偵察結果を聞いていた。
「横須賀東高校は、恐らくエースの大木さんで来ると思います」
「どういう
瞳が相手の先発予想を告げると、涼がどういう投手なのか尋ねる。
「大木さんは最速一二六キロのフォーシームに、変化球はスライダー、チェンジアップ、シンカーを
投げる投手です。シンカーが決め玉ですね」
「そのシンカーは厄介そうか?」
「多少の練習は必要でしょうが、皆さんなら問題なく打てると思います。シンカー単体ならですが」
「そうか」
ピッチングマシンを用いて慣れておく必要があるだろう。ピッチングマシンだけではなく、生のピッチングにも触れておきたい。そうすれば、少なくともシンカー単体なら問題なく対応出来るであろう。当然シンカーだけを投げる訳ではないので、そんな簡単な話ではないが。
「なのでピッチングマシンを用いるのとは別に、加藤さんにバッティングピッチャーを務めて貰い、シンカーに少しでも慣れておきましょう」
早織が亜梨紗に視線を向けて、重要な役目を託す。
鎌倉学館野球部の中でシンカーを投げられるのは亜梨紗だけなので、シンカー対策には亜梨紗が適任だ。他の球種は投手陣がローテーションでバッティングピッチャーを務めれば良い。
「わかりました! 頑張りますっ」
指名された亜梨紗は、胸の前で両手の拳を握り気合いを入れる。
「そして横須賀東高校の攻撃ですが、バントやエンドランを多用しています」
バントやエンドランを用いて、ランナーを一つでも先の塁へ進ませる野球をしてくる様だ。
「内野の守備が重要になります。バントシフトやバント処理然り、エンドラン対策も念入りにしなくてはなりません」
早織の言う通り、横須賀東高校戦は内野守備が重要になる。バント処理に問題があれば、相手は弱味につけ込み徹底的にバントを仕掛けてきて、守備連携がイマイチだとエンドランも積極的に行ってくるだろう。内野手だけではなく、外野手もカバーをしなくてはならないので他人事ではない。相手に自分達の野球をされてしまっては、得点圏にランナーを簡単に進ませてしまいピンチの場面を作ってしまう事になり、相手の思う壺だ。
「二回戦までの期間は、宮野さん以外は大木さん対策とバント、エンドラン対策を徹底的に行います。宮野さんは試合に向けて調整をしてくださいと言いたいところですが、バント処理の練習だけは加わってくださいね」
春香を除く面子は、横須賀東高校対策を行う。春香は先発予定なので、当日に向けてコンディション調整を優先だ。だが、バント処理の練習だけは確りと行っておく。
早織の言葉に全員返事をすると、グラウンドに駆け出して行った。
◇ ◇ ◇
現在Aグラウンドでは、捕手と内野陣が、バントシフトとエンドラン時のシフトの構築及び、バント処理の練習を行っていた。
「相手打線はクリーンナップを含め、流し打ちを多用してくるそうです。なので相手がエンドランを仕掛けてきた場合は、右打者なら進藤さんがベースカバーに、左打者なら椎名さんがベースカバーに入ってください。良いですね?」
「「はい!」」
相手打線が流し打ちを主体に行ってくるのならば、エンドラン時は右打者なら慧が二塁のベースカバーをし、左打者ならば飛鳥が二塁のベースカバーをする。そうする事で内野を抜かれる確率を可能な限り下げる。
早織の指示通りに、ひたすら動きの確認を繰り返す。
エンドラン対策の後は、バント対策をひたすら行う。
バントシフト時のポジショニングやベースカバー、そしてバント処理など、やる事は多い。
これらの練習は普段からも行っているが、二回戦まではこの練習を中心的に行っていくのだ。
対してBグラウンドでは残りの外野陣と投手陣が、
各自バットを振っている中、レンは快音を響かせていた。レンがバットを振る度に、
「凄い飛ばすねぇ」
レンのバッティングを見ていた恵李華が、打球を目線で追いながら呟いた。
「私はシンカー苦手かも」
シンカーに苦戦している恵李華が苦い顔をしていた。
「まぁ、シンカーが来るとわかっているからね」
恵李華の言葉にレンは、シンカーが来るとわかっていれば打つのは問題ないと告げる。
「私の印象だけど、日本はシンカーを投げる人少ないよね。アメリカは結構シンカー投げる人いるんだけど」
レンは、アメリカに比べて日本はシンカーを投げる投手が少ない印象を持っていた。
「だから慣れの差かもしれないね」
レンは恵李華に、自分がシンカーを苦にしないのは慣れの問題ではないかと伝える。
「でもまぁ、今打っているのはあくまでピッチングマシンの球だし、生の球だと話は別だよ」
レンが今打っているのは、ピッチングマシンの放るシンカーだ。やはり機械と人が投げる球は違う。人が投げる球は生きている。同じ球種でも投げる人によって特徴は異なる。なので、同一球種でも投げる人の数程違う球筋があり、千差万別だ。その上、他の球種と織り混ぜて投球してくる。今の様に簡単にはいかない。
「そう言われれば確かにシンカー投げる人少ないかも」
「まぁ、アメリカもだけど、昔に比べるとシンカーを投げる人は減ったよね。腕への負担が大きいからだろうけど」
レンの指摘に、恵李華はシンカーを投げる人が少ないかもしれないと思い至る。
事実、アメリカでも日本でもシンカー及びスクリューを投げる投手は減少傾向にある。シンカーやスクリューは、スプリットと同様に腕への負担が大きいと認識が広まり、プロでもシンカーやスクリューを封印してチェンジアップ等の球種に切り替える投手は多い。
「なるほどねぇ」
説明を聞いた恵李華は納得した。
「だから次の対戦校のエースは、余程シンカーに自信があるのか、相性が良いのか、って事なんだろうね」
シンカーを決め玉にしていると言うことは、当然球数も多いのだろう。投手本人が相当シンカーとの相性が良かったり、自信がなければ、腕に相応の負担が掛かる球を多投している事になる。
レンと恵李華の二人が話している脇では、静がシンカーに絶賛苦戦中であった。彼女の場合はシンカーに限らず、打撃全般苦戦しているのだが。
その分、守備走塁ではいつも生き生きとしている。好みと才能が合致しているのだろう。バッティングが好きでも打撃の才能がなかったり、守備が好きでも守備の才能がなかったりする場合は多々あるが、彼女の場合は守備が好きで守備の才能も一級品のモノを持ち合わせている。ある意味恵まれているのだ。
「亜梨紗。頼む」
ピッチングマシンでの練習を終えたレンは、亜梨紗にバッティングピッチャーを頼む。彼女にシンカーを投げて貰うのだ。ピッチングマシンとは違う生きた球だ。
「はーい」
声を掛けられた亜梨紗は自分の役目を全うすべく、マウンドに向かって行った。
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