第23話 リフレッシュ
一回戦の相手、厚木高校との試合は一二対〇で五回コールドとなった。初回でペースを握り、相手が本来の実力を出す前に調子を崩した事もあるが、コールド勝ちをしたという事は、確実に強くなっているという証拠だ。
真希が五回を投げて無失点だったので、投手陣を温存することが出来たのは大きい。
初戦突破をした事で、特に二、三年生の表情が明るい。一、二年振りの公式戦で勝利出来たので喜びも
これで一八九校中、一二八校の中に残った事になる。一回戦で六一校が落ちた事になる。シード校を除けば五一枠のシードがあったので、五一/一七三の確率で一回戦が免除だった事を考えれば、如何に抽選が重要かがわかる。
そもそも神奈川県だけで大会に参加している野球部が一八九校もあること事態が異常なのである。神奈川と同じく、愛知や大阪などの超激戦区にも言える事だが。
「喜ぶのは良いですが、それは今日までにして、明日からは気持ちを切り替えていきましょうね」
早織は監督として、喜ぶ生徒達の気を引き締める。
「この後は各自自由に過ごしてください。リフレッシュは必要ですから」
今日は試合があったので、この後は各自自由時間となった。練習も大事だが、心身共に休める事も大事な練習だ。特に短期決戦である大会期間中は尚更だ。
身体を酷使する様な徹底的な練習は今の時期にする事ではない。それはオフシーズンなどの大会のない時期にするべきことだ。
寮に戻った面々は風呂場に直行する。マネージャー二人も一緒だ。一六人全員一緒に入っても全然余裕がある程広い風呂場だ。
各々髪や身体を洗ってから湯船に浸かる。
「相変わらずレンちゃんとセラちゃんはスタイル良いよねぇ」
亜梨紗は湯船に浸かっているレンとセラの二人に羨望の眼差しを向けながら呟いた。
「やっぱりハーフだからかなぁ。私何て寸胴だし」
亜梨紗は外国の血を引いている事に差があるのかと嘆く。
「それは違う。市ノ瀬みたいな無自覚天然美人もいるし」
自分の身体をペタペタ触りながら落ち込んでいる亜梨紗の言葉を千尋が否定する。
「・・・・・・確かに」
千尋の言葉を聞いて、のほほんと気持ち良さそうに湯に浸かっている澪に視線を向けた亜梨紗は、残酷な現実に打ちのめされる。
「世の中不条理だから」
「ちーちゃん・・・・・・」
悟りを開いた表情を浮かべる千尋と、千尋に視線を向けた亜梨紗は互いに感じ入る物があったのか、ここに新たな絆?が生まれた。
「日本人が外国に憧れる様に、他の国の人も他国に何かしら憧れを持つものさ」
「そうよ。人は自分にない物に対し、羨望や嫉妬をするものなのよ」
落ち込む亜梨紗を見かねたのか、レンとセラがフォローをする。
「私だって日本人の様な綺麗な黒髪や可愛い顔立ちに憧れるわ」
自分のストロベリーブロンドの髪を指で掬いながら、セラが日本人の様な黒髪や顔立ちに憧れると口にした。顔立ちというのは、日本人は外国の人からは幼く見えるという事に対してだろう。確かにハーフであるレンやセラは、日本にいると実年齢より大人に見られるかもしれない。
「人の良い所を見つけるのは亜梨紗の良い所だけど、ちゃんと自分の事も見てあげな。自分には自分にしかない魅力があるんだから」
レンの指摘にキョトンとした表情を浮かべた亜梨紗はレンに問う。
「例えば?」
「そうだね。いつも笑顔で楽しそうなところとかかな。亜梨紗といると自然と周りも楽しくなって笑顔になるのは凄い事さ。それに、誰に対しても分け隔てなく接する事も亜梨紗の魅力だし、私はそんな魅力的な亜梨紗の事が好きだよ」
「・・・・・・レンちゃんジゴロだ」
レンの答えに、照れと恥ずかしさを混ぜた様な表情を浮かべる羽目になった亜梨紗は、鼻のぎりぎり下辺りまで顔を湯に
「ふふっ。レンがジゴロなのは同意するわ」
「やっぱり?」
「えぇ。レンは天然の女誑しなのよ」
「酷い言われようだ」
笑顔を浮かべながら亜梨紗のジゴロ発言を肯定するセラに、亜梨紗が再度確認すると、更に辛辣な単語が返ってきた。
レンはセラの言葉に肩を竦めた。
「セラも大変だね」
レンとセラの仲を知っている千尋はセラに同情する。
「えぇ、本当にね。でも、レンはこのままで良いのよ」
セラは千尋の同情をありがたく受け取ると、レンは今のままで良いと言う。そしてレンに
「お熱い事で」
二人の様子を見いていた千尋は、激甘の甘味を食べた後の様な胸焼けした気分になった。亜梨紗は目のやり場に困りながら、チラチラと二人の様子を窺い見ている。
そんなこんなで亜梨紗と千尋は若干のぼせ気味になりながら風呂からあがるのであった。
◇ ◇ ◇
次の二回戦は六日後で、相手は横須賀東高校だ。厚木高校と同じ県立高校である。部員は厚木高校よりも多い七一名だ。実力も厚木高校よりは上であろう。
「確りと偵察して来ますね」
二回戦までの六日間で、瞳が横須賀東高校の事を徹底的に偵察や分析をすると気合いを入れている。
「頼む」
涼が瞳を頼もしく思いながら送り出す。
瞳を送り出した後、涼はピッチングマシンを使って打撃練習を行っていた。一息つくまでバットを振っていた涼に、見学していたレンが近寄る。
「涼」
「ん?」
レンに声を掛けられた涼は、レンの方に身体を向ける。
「気になった事があるんだけど、言っても良いかな?」
「構わんぞ」
「涼のバッティングホームを見ていて気付いたんだけど、もう少し重心を落とした方が涼には合っていると思う」
「ん? そうか?」
「今のままでも悪くはないと思うけど、今より重心を少し下げたらもっと良くなると思うよ」
レンの指摘に涼は、いつもより重心を落とした構えを何通りか始める。
「大会中だし、いきなり今と構えを変えて調子を崩すと困るから、今言った事は気にしなくても良いよ」
レンの忠告に、涼は暫し考える素振りをした後に口を開いた。
「いや、今より良くなる余地があるのならやらない手はないだろう。一度試してみよう。すまないが少し付き合ってもらえるか?」
「もちろんだよ。言い出したのは私だし、モノになるまで付き合うさ」
「助かる」
そうして、いつもより重心を下げたバッティングホームで打撃練習を行う。
重心を下げると言っても、どれくらい下げると的確なのかは試してみない事にはわからない。なので、何通りかの構えをひたすら試す。
一通り試してみた結果、一番しっくりきた重心で、再びひたすら打撃練習を行う。
満足するまでバットを振った涼は、一度打撃練習を止めてレンに話し掛ける。
「確かに前よりスイングが早くなった気がするし、打球も飛ぶな」
「手応えがあったなら、後は身体に染み込ませるのみだね」
「そうだな」
新たなバッティングホームの方が、今までよりも打ち易いと納得した涼にレンが指摘する。レンの言う通り、意識しなくても新しい構えでバッティングが行える様に身体に覚え込ませる作業が必要だ。なので、ひたすら素振りをし、身体に染み込ませる必要がある。
当然心得ている涼は、場所を移動して素振りを行う。そして、ひたすら素振りをする涼に最後まで付き合うと約束したレンも、共に素振りをするのであった。
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