第8話 ミーティング

五月最初の練習が終わった日、部員達が食堂で夕食を食している時に早織が姿を現した。


「食べながらで良いので聞いてください」


 早織の言葉に部員達は、彼女の方に向き直る。


「今週末から出来る限り、週末には練習試合を組みます」


 その言葉に部員達が沸き立つ。


「今週末からという事は、今週も練習試合をするのですか?」


 涼が早織に質問をする。


「はい。今週末の相手は既に決まっていますよ」

「どこですか?」


 涼が代表して対戦校を訪ねる。


「横浜総学館です」


 対戦校を聞いた部員達は驚きの表情を浮かべる。正確にはレン、セラ、純以外の部員と言うべきか。


「横浜総学館ですか。良く引き受けてくれましたね」


 横浜総学館が練習試合を快諾してくれた事に飛鳥が疑問を浮かべた。


「駄目元で申し込んでみましたが、タイミングが良かったのか引き受けて頂けました」


 驚く部員達の中で、レンが質問する。


「申し訳ないけど、その横浜総学館というのは強い所なのかい?」

「横浜総学館は、春季大会ではベスト八でした。甲子園出場経験こそないですが、県内では強豪校の一つです」


 レンの質問に、早織が説明をしてくれる。


「私達の様な無名校の相手を引き受けてくれる様な学校ではないということさ。そもそも横浜総学館が違う県なら甲子園に出場していてもおかしくないからな」


 涼が自虐を含んだ台詞を吐く。

 神奈川は全国でもトップクラスの激戦区だ。


「椎名さん、守宮さん、市ノ瀬さん、三人の名前を出したら快く引き受けてくださいました」

「あぁ~ 私、横浜総学館からも誘われていたからなぁ」

「私も誘われてた」

「私も」


 飛鳥の呟きに、千尋と澪が追従する。

 どうやら三人共横浜総学館から誘われていたが、揃って鎌倉学館に来た訳だ。


「特に椎名さんの名前を出したら大層驚かれましたね」

「ははっ。飛鳥は高校野球界では行方不明扱いだもんな」


 早織の言葉に追従するように涼が揶揄うように飛鳥をイジる。


「まぁ、U―一五日本代表でキャプテンを務めた最注目選手の名前が一年近く全く名前を見かけも聞こえもしないのだから無理もないわよね」


 春香が飛鳥をフォローする。


「千尋ちゃんも澪ちゃんも正直誰も鎌倉学館うちに来るとは思っていなかっただろうしね」

「ネームバリュー様々って事だね」


 亜梨紗の言葉を聞いたレンがネームバリューの力に感謝する。


「そういう事なので、明日あすからは実戦を想定した練習を中心に行っていきますので、そのつもりでいてください」

「はい!」


 早織の言葉で締め括られ、食事を終えた面々は自主練をしたり、勉強したりと各々自由に過ごすのであった。


◇ ◇ ◇


 横浜総学館との練習試合前日、部員達はミーティングルームに集まっていた。


「まず、横浜総学館で特に注意する選手は三人います。まず一人目は、三年生でエースの石野いしの裕子ゆうこさんです」


早織が見守る中、マネージャーである瞳が担当している偵察、分析情報を部員内で共有していた。


「石野さんは左腕で変化球はスライダー、スクリュー、フォーク、カーブを投げます。ですが、カーブはあまり投げないようです」

「球速は?」

「直球の最速は136キロで、平均でも130キロくらいは出しています」


 千尋の質問に瞳はすかさず答えてくれる。


「次に二人目は、三年生で主将の四番を務める坂木さかきりょうさんです。坂木さんは左の強打者で長打力がありますので、甘い球には要注意です。ポジションは恐らく右翼手で来ると思います」


瞳の説明は続く。


「そして三人目が、二年生のリードオフマン早坂はやさか圭子けいこさんです。早坂さんはとても足が早いので塁に出したくない選手です。ポジションは二塁手です」

「どのくらい早いの?」


 足の早い選手という事で慧が興味を持ったのか、瞳に質問をしている。


「そうですね。慧さん程早くはないですが、レンさんと同じくらい速いと思います」

「なるほど」


 慧程早くないとはいえ、レンくらい早いのであれば、プロも注目するような超高校級の俊足を誇っているという事だろう。


「後は、注意というよりは注目選手になりますが、一年生で入学早々レギュラーの座を確保している秋本あきもと翔子しょうこさんです」


 秋本翔子という名前に澪と千尋が反応を示した。


「秋本? へぇ、彼女横浜総学館に行ってたんだ」

「千尋、秋本っての事知っているのかい?」


 千尋の呟きを聞いたレンが、千尋に尋ねる。


「湘南ガールズにいた人で、何度か対戦した事あるよ。それに私より市ノ瀬の方が詳しいと思う」

「確かに澪ちゃんは横浜ガールズ出身だから、千尋ちゃんより対戦機会は多いよね」


 千尋と亜梨紗の言葉を受けて、部員の視線が澪に集まる。


「そうです。澪さんは翔子さんとU-15日本代表でも一緒にやっていましたからね」


 そこに瞳から補足が入る。


「どうなんだ市ノ瀬?」


 涼が澪に秋本について尋ねる。


 すると澪が口を開き――


「しょこたん良い子。好き」


 と口にした。


 澪の説明になっていない説明に皆がズッコケた。


「それ説明になっていないよ澪ちゃんっ!」


 そんな澪に亜梨紗が代表してツッコミを入れる。

 そのツッコミを受けて澪はコテンと首を傾げて頭に? を浮かべている。


「はぁ~ 私が説明するよ」


 溜め息を吐いた千尋が、澪の代わりに説明を買って出る。


「あくまで私が知っている事に限るけど、一言で言うなら万能型だね」


千尋は記憶を思い出す仕草をしながら説明を続ける。


「ポジションは当時は中堅手をやっていて、レンクラスのミート力とパワーに、椎名さんや杉本さんクラスの走力、それに加えて佐伯さんよりは劣ると思うけど、同等レベルの守備力って言えばわかるかな?」

「それは本当に一年生なのか?」


 千尋の説明を聞いて、涼が疑問を呟く。


「そんなに驚く事ですか? わかりやすく言えば劣化版レンですよ。まぁ劣化と言っても少しくらいだと思いますけど」


 と千尋は口にする。


「確かにそう言われるとそうなのか?」

「何だか頼もしく感じるわね」


 納得する涼と春香に同意を示す面々。飛鳥は苦笑を浮かべていたが。

 澪に至ってはさっきとは逆方向にコテンと首を傾げている始末である。


「その秋本さんですが、打順はまだ定まっていない様で、一番、二番、三番、五番、六番辺りで色々と試しているようです」


 瞳の解説に慧が疑問をぶつける。


「一番は早坂って人でしょ?」

「はい。基本はそうですが、秋本さんが一番に入る場合は、早坂さんは二番に入るようです」

「そうなんだ」


 良く調べられている情報に早織を含めた全員が感心した表情を浮かべる。


「では、皆さん。明日あすに備えて今日は早めに就寝するようにしてくださいね」


 最後に早織が締めの言葉を掛け、その場はお開きとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る