船上にて

 全員でごろ寝するタイプの一番安い客室に入る。ユキ・宗則・ヒロシ・トモくん・私、各自荷物をまとめて消灯時間までの数時間を迷惑にならない程度に歓談して過ごす。この中で喫煙者は私だけ。就寝後にニコチンが切れた頃に一人喫煙場所に向かうとしよう。


 高速のサービスエリアで食事を済ませてきたヒロシが荷物からお酒を入れる用の銀色の小瓶、スキットルを出してチビチビ飲み始める。トモくんが興味津々で、すごいかっこいいです! と素直に讃える。私と多分ユキもカッコ羨ましいなと心では思っていたが、ヒロシを有頂天にさせたくないので敢えてスルーしていた。

 このタイミングで私と宗則はコンビニ飯を食べ始める。宗則はそんなにお酒が強い方ではないので(ヒロシもそうだが)乗船前に発泡酒を二~三本買っていたのを開ける。多分、私はこの中ではいつか酒豪孝子を倒すのに一番近い。だけど、船酔いと夢見が心配だったので宗則と一緒に乗船前に買った発泡酒をチビチビと飲みながらの夕食にした。周り知らない人だらけで変な寝言とか言いたくないしね。


 食事の後、大丈夫だとは思うけど念の為、男子陣と女子陣が交代で荷物を見ながらお風呂に入った。お風呂から戻り少しすると消灯時間になったため、とりあえず眠りについた。そう、とりあえず。一度寝ようと試みはしたのだが、全く眠れそうになかったので、ユキに小声で一服しに行くと伝え喫煙所に向かった。

 孝子がいたら一緒に一服していただろうか。最近の孝子は忙しい。少し寂しいと思う私がいる。

 タバコを吸って少し眠気がやってきた。

 そんなにヘビースモーカーでない私の場合、ニコチンの効果よりも、一服することで訪れる気持ちの切り替わりが欲しくてタバコを吸っているようなもんだ。雑魚寝部屋に静かに戻って眠りについた。


 二〜三時間は普通に眠れていたと思うが、深夜にまた目が覚めた。まさか船酔いではないと思うが寝付ける感じがしない。そもそも乗り物酔いするバイク乗りっているのかな? これはアレだ、遠足前の小学生のようなやつだろう。タバコを持って喫煙所へ向かう。何度でもニコチンの魔法に頼ろう。喫煙所では、いかにもバイク乗りっておじさんたちと目が合うが、声をかけられる訳でもない。やはりみんな明日が楽しみで眠れないのだろう。おじさんたちの一人がスキットルでお酒を飲んでいる。この時間、船内販売のアルコールは休止しているのでうらやましい。ヒロシのスキットルをこっそり持ってきて飲み干してやれば良かったかも、と考えていたらおじさんが「お姉さんも飲むかい?」と冗談交じりに声をかけてきた。横目で見ていたのもあるが、まさか本当に飲むと思っていなかったのだろう。「いただきます」と言って受け取り、ゴクッゴクッと喉を鳴らして二口〜三口ほど頂き、スキットルを笑顔で返した。ぽかんとしたおじさんの顔を見ながら「お先失礼します」と声をかけて立ち去る。これでまた少し眠れそうだ。普段飲めないような上等なウイスキーの後味に包まれて幸せな眠りについた。また会うことがあれば銘柄を聞いておこう。


「キョウちゃん、キョウちゃん」ユキの囁く声と船のとは違う揺れでゆっくりと意識が戻ってくる。

「んー? 今何時?」そう言えばみんなで日の出を見ようと言っていたっけ。

「もうそろそろ日の出だと思うよ」私の次はトモくんを揺さぶっているユキ。

 宗則とヒロシも既にユキに起こされている。ヒロシがサンダルを宗則がブーツを履いている最中。流石にヒロシは旅慣れしている。宗則はまだ寝ぼけているな。私はサンダルを履いてスウェットに革ジャンを羽織る。宗則が私の方を見て、ブーツを脱いでサンダルに履き替える。

 みんなでデッキに上がる。やはり何人か先客がいる。潮の香りを感じ、タバコを吸いたくなるが、我慢する。バイク部は静かに日の出を待っているが、マナーがいいって訳じゃない。みんな単に眠いのだ。

 どこからともなく、あそこじゃない? とか声が聞こえ始める。ほんの少しだけ頭を出した光の塊が海面に一条の線を走らせる。そこから一気に光が広がって行く。日の出だ。ざわざわとした小声が少しずつ控えめな歓声に変わっていく。初めてみる船上での日の出。いつかの土砂降りのツーリングで見た青黒い空の壁に走る稲光のヒビ、走っていると追いついた大きな虹の生え際、晴れと雨の境目、他にもいくつかある憶えておきたい景色の中に、今日の日の出も入れておこう。

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