コソ練

 十二月から三月にかけて、そこそこではあるけどバイトを頑張った。

 おかげで去年のGPZデビュー戦の壮絶な転倒でバックリと破れてしまったライディング用革パンツもバイト代で新調できた。

 そしていいタイミングで、春からの新生活に向けて上京してきたという新人くんがバイト先に加わり、私のシフトも転倒前と同じくらいの頻度に戻してもらった。

 だってもうすぐいい季節!

 風が少しずつ暖かくなりはじめ、春の訪れを感じる。

 バイクで一番いい季節は春過ぎの夏未満。あとは夏過ぎの冬未満。いい季節に向けて今の時期はコソ練にてた。


 心のリハビリが一番の目的。練習にあたってマイルールを定めた。と言っても大したことではない。決めたのは可能な限り下道で行こうってこと。但し西湘バイパスは安いから除く。あとはお金と気分で。できる限り回数を増やしたい。それに下道を走るのだってリハビリになるはず。車体自体の重さやパワー特性にもう少し慣れないと。

 景色を楽しみながら箱根を目指して椿ラインを湯河原方面から登って行き、しとどの窟に着いたらまずは一服。下りからゆるりと、攻めずに数本を流す。予想通り、転倒後初めての峠では気持ち的に攻める事はできない。楽しいと感じるまで走ろうと思っていたけど今日はもう駄目な気がした。喉も渇いたし一度長めに休憩しようと大観山PAまで上る。気持ちが萎えたらそのまま帰ろう。

 まだ肌寒い。暖かい缶コーヒーを買って縁石に腰かけて一服する。富士山は見えなかった。


 いつも宗則や孝子と走る時は、先行する相手を抜かずに2本くらいで前後を交代して走る。それを2、3回連続で走ればいい方で、実際は多めに休憩をとってライディング中に感じたことやバイク談議をしている時間がほとんど。今日は流していたとはいえ、連続で数本。これくらいが集中力の限界なのだろう。

 立ち上がってお尻を払う。早速マイルールを破ってしまうが、少し懐が温かいのでターンパイクを下り西湘バイパスで帰ることにした。初日はまぁこんなもんだろう、焦ってもしょうがない。マイルールとの付き合い方も、まぁこんなもんだろう。

 できれば平日に練習に行きたいところ。大学の往復でも、気が乗った時は用がなくても茅ヶ崎に向かう七曲を通り2~3コーナーだけ練習した。


 そうしてほぼ週一のペースで峠に行く。バイトが夜勤の日にお昼ごろ峠に向かい、1本か2本流して走る。3~4本集中して攻めたらその日はお終い、晩御飯前に帰ってくる。ご飯は食べずに仮眠して、早めにバイトに行ってバックヤードで期限切れ間近の弁当を食べる。朝から峠に向かい3~4本往復して午後から授業に行った日もあったが、ギリギリになってしまい結局さぼってしまった。

 コソ練を初めて一~二ヶ月経つ頃には、車体やパワー感にもだいぶ慣れてきてコーナーを楽しめるようになってきた。だけど結局恐怖心はゼロにはならなかった。特にGPZで転倒したコーナーだけは極端に速度を落としてクリアするしかできない。一人でストイックに走るのが向いていないのかもしれない。そろそろ宗則と一緒に走りたいかも。


 四月、サークルに新入生が入るといいな。一人も楽しいけど、今はみんなで走りたい気分。

「やっと春がきた」

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