タンク剥離

 いよいよ、下調べの段階から楽しみにしてた塗装剥離。

 ……を予定していたんだけど、色々と脳内シミュレーションしてみた結果、まだ準備が足りなかったのでまた準備工程に戻る。人生はワンツーパンチだ。


 タンクの剥離を終えたら、錆の発生を防ぐためすぐに脱脂洗浄して乾燥させて下地処理をしなければならない。そうすると学校でスプレーするとして、学校までどうやって持っていくか? そうここでいきなりつまずいた。さらにサーフェーサーからクリア仕上げまでの各工程ごとに発生するヤスリがけを何処でするか? とか。

 結局、自分家の庭かどこかでやるのが現実的。

 しかし、さすがにご近所の目も気になるので、じゃあいっそお風呂場を簡易塗装ブースにすればいいのでは? というネットでも先駆者がいる案で落ち着いた。近所の人が寝静まった深夜に塗装をして換気扇からシンナー臭がしたとしても、朝までにはある程度少なくなるだろうし、それなら剥離や水研ぎも台所とかでやっちゃえば天気関係なしに作業ができる。


 一度方針が決まったなら後は実現に向けて動くだけだ。支度をしてすぐに出掛けた。極力簡単に現状復帰できるようにはしたいけど、お風呂回数は絶対少なくなる予感がする、あぁ減衰する女子力。

 壁はブルーシートで養生して、換気扇には台所用の換気扇フィルターをテープで貼り付ける。賃貸でもないし、父は当分帰ってくることはないだろうから少々はみ出してもいいでしょ。塗装時の台は適当な段ボールに念のため古雑誌でも重しに入れとけばオッケー。吊るして吹くことも想定して、樹脂製のフックと荷造り用の紐も買ってきた。ついでにコンロの焦げ落とし用の金属ブラシや台所用ゴム手袋、あと灯油ポンプも忘れずに買った私エライ。すべて100均で揃った。

 どんどんバイク関連のショップから遠のくバイク趣味生活だね。こうして無事に簡易塗装ブースは完成した。お風呂という概念もしばらく消えた。


 外に出てGPZのタンクからNSRのタンクにガソリンを移す。完全には移しきれなかったのでタンクを外してコックからもチロチロと流す。タンクキャップやガソリンコックなど、外せるものは全て外して、しばし風通しのいい日の当たる場所に放置。

先にやっとけば良かった。台所に潰した段ボールや古くなったバスタオルを広げる。

 少ししてタンク内を覗くが、目からもガソリンの臭いが感じられる気がする。持ち上げて軽く振ってみるとまだガソリンの音がする。速く乾くようにできるだけ回転させて、またしばらく放置。今日はタンクを室内に持ってきて作業できるので焦ることはない。天気もいいし、外で読書をしよう。

 いつかの孝子のように工具箱に座り壁に背をもたれて、ユキの家から借りてきた漫画を読み始めた。

 主人公たちが北海道ツーリングに行くあたりからやっと私の良く知るバイク漫画っぽくなってきた。死神の2ストナナハンっていうバイクも凄そう。昔は他にもナナハンの2ストバイクが発売されていたらしいけど、宗則にNSRを借りている今だから興味がわく。単純計算でNSRの三倍の排気量。もちろん昔の技術力で作ったバイクだからパワーも三倍ってことはないのだろうけど。

 それでも乗り味は昔のバイクの方が面白いんじゃないかな? いったいどんな加速をするのだろう? そしてGPZはまだ登場しない。


 日も落ちてきた頃、完全駆逐は諦めてそこそこにガソリンの抜けたタンクをこれから素っ裸に引ん剝く為、部屋に連れ込む。

 剥離剤を瓶から紙コップに移し、大き目の刷毛でもったりと乗せるようにして、タンクに塗り付けていく。しばらくすると傷で塗料下地が見えていた辺りから少し塗膜がめくれていく。そしてもう少し待つと、全体的にブツブツと塗膜が浮いてきた。中からボコボコが走っていくような気持ち悪い現象が全体に広がる。

 こ、これは気持ちいい! 少し様子を見て反応が止まったくらいで一度プラスチックのへらで浮いた塗装を剥いでいく。

 腕の辺りに剥離剤がほんの少し跳ねてきた。そういえば買ったゴム手袋を使い忘れていた。気にしないでそのまま続行していたら、チクチクと痛み始めた。この前、FRPで補修作業をした日の夜に体中がチクチク痒痛くなり、やらなくても良いところまで無駄にFRP作業を追加したことを後悔しつつ夜中にシャワーを浴びたけど。あの時とはまた違った、ジリジリと熱いイメージ。もちろん気合で続行する、よい子は真似しちゃダメなやつ。ざっくりとキッチンペーパーで拭き取ってみたけど、これは一回では終わらない作業なんだと実感した。

 ネットや本で調べたものの大半は編集か何かでビフォーアフターを載せているに違いない。そこの電子レンジを開けると剥離済みのタンクが出てこないかとか妄想してみたが、現実と向き合い再度同じ作業を繰り返す。二回目からは剥離剤をのっけた後、金属製のブラシですぐに擦ってから放置する。この方法で効率よく塗装は剥げていくがあまりにも跳ねるので流石にゴム手袋を使用した。


 深夜まで頑張ったけど、塗膜の完全駆逐は無理だとわかり、ガソリン臭い部屋で眠りについた。変な夢を見ないことを祈りつつ。

 

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