悪事

 宗則と孝子と三人で駐輪場へ向かう。まずは各々自分のバイクに向かう、私は借り物のNSRだけど。

 グローブをメットから取り出してハンドルミラーにメットを引っ掛ける、グローブはタンクの上に置いてライダースの内ポケットからタバコと携帯灰皿を取り出す。ジーパンのポケットに手を突っ込んでジッポーを握りしめたあたりで、タバコを咥えた孝子がこちらに歩いてきているのに気付いた。

 

「学食にライター忘れた、火ィ貸して」と言う孝子のタバコに、先に火をつけ、蓋は閉じずにそのまま自分のタバコに火をつける。

 深くタバコの煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。目線は自然と身内のバイクを探してしまう。ユキのSV、ヒロシのTDR、トモくんのTW。


 駐輪場には50台以上のバイクが停められているが、その殆どがスクーター。いまやビッグスクーターと呼ばれる250cc以上のものはあまりみかけなくなり、大半が90~125ccくらいのタイやインド製の東南アジアのスクーター。日本メーカー製でもアジアの支社で作られているものがほとんど。マニュアル車のオートバイとなると20台もあるかどうか。以前乗っていたニンジャ250のおかけでバイク業界は少し明るくなったみたいだったけど、結局はそんなに盛り上がっていないのではと思う。自分が走っていて路上で出会うのはこの駐輪場と同じような内訳、いやもっと少ない。50台すれ違ってもオートバイは10台に満たない。バイクサークルが流行らない訳だ。


 もしかして宗則はここに停められているオートバイのオーナー全員に声をかけたのだろうか? バイクに対する知識や情熱などの能力値はかなり高いと思うんだけど、人付き合いに関して宗則のスペックはかなり低いと思う。そんな宗則がサークル勧誘のためとはいえ、初対面の何人もの他人に話しかけたのかと思うと、少し母性がくすぐられて目頭が熱くなる。

 次の宴会の酒の肴は、みんなはどうやって宗則に声をかけられたのかに決定だね。


 宗則はというと、駐輪場の一角を寂しそうに見つめていた。私たちが一服している間、タバコを吸わない宗則は何もすることがない。今日みたいにボーっとしているときもあれば、一服分の時間一緒にバイク談議をしているときもある。

 私たちの時間はいつも誰にも急かされない。私たちを急かすのはいつだって自分たちの都合だけだ。バイク乗りとしては理想的な時間環境だろう。

 高校を卒業して一年間受験浪人をしていた頃、予備校に遅れそうで原付で派手に転んだことがあった。その時修理に出したバイク屋のオヤジに「オートバイを運転するときに時間を気にして乗ってはいけない」と説教をされた。この言葉は今でもことあるごとに思い出す。


 宗則の眺めている一角は何年も放置されているバイクが集まっている言わばバイク墓場。その殆どは卒業生が置いて行ったものだろう。中にはナンバープレートが付きっぱなしのものまである。

 宗則は本当にバイクが好きなんだね。私にはやっぱり機械にしか見えないよ。携帯灰皿に吸殻を入れ、「お待たせっ」と声をかけようと近付くと、宗則は一台の放置車両の方に歩いて行った。声はかけずに私もついていく。気づいた孝子もこちらに歩いてきた。


 ほとんどスクーターばかりだが、数台、ミッション車がある。宗則が一台を指差して、「ウインカー」と呟く。あ、と思った。確かにこのゴミからウインカーを外しても誰も困らないだろう。孝子が「車載持ってくる?」と聞く。

 反射的に辺りを見渡すと、駐輪場入口に数人の学生の姿が見えた。「これ、あとからバイク部が疑われない?」と孝子と宗則に聞く。あー、と言いながらちょっと思考を巡らしている宗則。大丈夫でしょ、と私の言葉が耳から脳に辿り着く前に答えてそうな孝子。無言で葛藤する私。


「夜中また来る?」と孝子。どこか気持ちが引っかかるので少し考えた後、「別に、誰も困らないし、悪いことだとは微塵も思わないけど、やめとく」と首を振った。「何で?」と孝子。

「新品買っても千円か二千円くらいだろうし、そりゃ少しでも出費を抑えたくてみんなに色々手伝ってもらってるけど、なんかこれを使ったら小さな何かがマイナスになっちゃいそうで」と、全くうまく説明できなかった。

 だけど宗則は「キョウらしいな」と言ってくれた。


 NSRに跨りエンジンをかける。「ベ、ぺぺぺッ」

 孝子もアプリリアのエンジンをかける。「パーン、カンカンパカン」相変わらずの乾いた金属の反響音。

 「キュウッ、ッボッボッ」とCBの重低音。


 ギアを入れクラッチを繋ぎアクセルを開けた瞬間、さっきまでの全部、色んな気持ちは加速感についていけずに駐輪場に置いて行かれる。明日寝坊しなければ、講義の前に拾っておこう。

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