④
夕方。炒飯を食べ終えて一人で映画鑑賞をしていた京は、インターホンが鳴って玄関へ向かった。
(宅配か…?)
ガチャリと音を立てて、玄関を開ける。立っていたのは杉浦だった。思わずドアを閉めようとして、手を挟まれる。反射的に閉める力を緩めた。このままでは彼の手に怪我をさせてしまうかもしれない。それは避けたかった。
「おいこらてめぇ、人の顔見た瞬間ドア閉めるとは酷いな」
力が緩まったところでドアを全開にして、杉浦は仁王立ちする。
「…なんで」
なぜ、杉浦が自分の家を知っているのだろう。方向は同じでも家の住所まではわからないはずだ。それに。
(俺は昨日、ちゃんと別れを告げたはず)
「住所はまっつんに聞いた。昨日の別れはお前が一方的に言ったんだろ。俺は納得してない」
「…生徒にプライバシーはねぇのか」
ため息をついて、京は額に手をやる。そして、家の中への道を開ける。
「上がれよ。茶くらい出す」
「おう」
うなずいて、杉浦は家の中へと足を踏み入れた。
お茶を座る杉浦の前に置いて、京もまたその向かい側に腰をかけた。
「…まず、一番先に言いたいことがある」
真面目な顔をして、彼は切り出す。京はどくどくと鼓動が速くなるのを感じた。
「俺はお前の友達をやめるつもりは毛頭ないからな」
ふんと鼻息荒く、杉浦は腕を組んだ。
「無理しなくても…」
「無理してねぇよ。ていうか、なんで友達を辞めなきゃならない?」
言葉を被せるように言って、彼は顔をしかめる。
「…それは…俺と仲がいいと、お前らにも迷惑をかけるからで…」
「迷惑かどうかは自分で決める。ここにはいないけど、鈴木もそういう奴だ」
「……」
京は押し黙り、そっと手を逸らした。そんな彼の様子に、杉浦はポリポリとこめかみあたりを掻く。
「…あのさ、たぶん、伊吹は俺たちのことを買い被りすぎてるんだよ。お前、俺たちのことめちゃくちゃ優しくて他人が困ってたり、可哀想な奴がいれば絶対に助けるような、善人だって思ってるだろ」
京は無言でうなずいた。
「それは違うよ。俺たちはそんな絵に描いたような善人じゃない。だから安心しろ、自分であ、これはやばいな、って思ったら勝手に逃げて、自分の身を守るから」
ふっと笑って、杉浦は拳を突き出した。
「だからさ、仲直り、しよーぜ。なんだかんだ言って、お前と友達になってまだほんの少ししか経ってない。これからお互い知らないこと、知っていこうぜ。な?」
はじめての友人との喧嘩。はじめての仲直り。
京は胸が熱くなるのを感じながら、しかし、その拳に自分の拳を突き合わせるのを躊躇った。
(…この拳は、こんないい奴と突き合わせていいもんじゃねぇ)
今まで、不本意とはいえ多くの人間を殴ってきた。京には、己の拳が血濡れているように思えてならなかった。
自分の拳を見つめて動かない京を見て、杉浦はため息をついた。
(たぶん、伊吹は俺が想像もできないようなことをしてきたんだろうな…それで葛藤してる。俺にはその気持ちを振り切ってやることはできない。けど)
だからなんだと言うんだ。酷いかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃない。伊吹京という人間と、友達を辞めたくないと思った。それが事実だ。
「伊吹、いい加減にしないと怒るぞ」
にっこりと笑って、杉浦は言った。京はその笑顔にぴくりと肩を震わせる。
ズモモという効果音がつきそうなオーラが彼の背景に浮かんでいるような気がする。
(…おっかねぇ…)
素直に恐怖を感じて、京はぐっと喉を詰まらせる。
「ほら、大丈夫だから」
先ほどとは違って、柔らかい笑顔を見せてさらに拳を突き出してくる杉浦に、京はそっと自分の拳を合わせた。
「よし、これからもよろしくな」
「…ああ」
こいつには敵わないな、そう思いながら京は少しだけ笑った。
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