夕方。炒飯を食べ終えて一人で映画鑑賞をしていた京は、インターホンが鳴って玄関へ向かった。

(宅配か…?)

 ガチャリと音を立てて、玄関を開ける。立っていたのは杉浦だった。思わずドアを閉めようとして、手を挟まれる。反射的に閉める力を緩めた。このままでは彼の手に怪我をさせてしまうかもしれない。それは避けたかった。

「おいこらてめぇ、人の顔見た瞬間ドア閉めるとは酷いな」

 力が緩まったところでドアを全開にして、杉浦は仁王立ちする。

「…なんで」

 なぜ、杉浦が自分の家を知っているのだろう。方向は同じでも家の住所まではわからないはずだ。それに。

(俺は昨日、ちゃんと別れを告げたはず)

「住所はまっつんに聞いた。昨日の別れはお前が一方的に言ったんだろ。俺は納得してない」

「…生徒にプライバシーはねぇのか」

 ため息をついて、京は額に手をやる。そして、家の中への道を開ける。

「上がれよ。茶くらい出す」

「おう」

 うなずいて、杉浦は家の中へと足を踏み入れた。



 お茶を座る杉浦の前に置いて、京もまたその向かい側に腰をかけた。

「…まず、一番先に言いたいことがある」

 真面目な顔をして、彼は切り出す。京はどくどくと鼓動が速くなるのを感じた。

「俺はお前の友達をやめるつもりは毛頭ないからな」

 ふんと鼻息荒く、杉浦は腕を組んだ。

「無理しなくても…」

「無理してねぇよ。ていうか、なんで友達を辞めなきゃならない?」

 言葉を被せるように言って、彼は顔をしかめる。

「…それは…俺と仲がいいと、お前らにも迷惑をかけるからで…」

「迷惑かどうかは自分で決める。ここにはいないけど、鈴木もそういう奴だ」

「……」

 京は押し黙り、そっと手を逸らした。そんな彼の様子に、杉浦はポリポリとこめかみあたりを掻く。

「…あのさ、たぶん、伊吹は俺たちのことを買い被りすぎてるんだよ。お前、俺たちのことめちゃくちゃ優しくて他人が困ってたり、可哀想な奴がいれば絶対に助けるような、善人だって思ってるだろ」

 京は無言でうなずいた。

「それは違うよ。俺たちはそんな絵に描いたような善人じゃない。だから安心しろ、自分であ、これはやばいな、って思ったら勝手に逃げて、自分の身を守るから」

 ふっと笑って、杉浦は拳を突き出した。

「だからさ、仲直り、しよーぜ。なんだかんだ言って、お前と友達になってまだほんの少ししか経ってない。これからお互い知らないこと、知っていこうぜ。な?」

 はじめての友人との喧嘩。はじめての仲直り。

 京は胸が熱くなるのを感じながら、しかし、その拳に自分の拳を突き合わせるのを躊躇った。

(…この拳は、こんないい奴と突き合わせていいもんじゃねぇ)

 今まで、不本意とはいえ多くの人間を殴ってきた。京には、己の拳が血濡れているように思えてならなかった。

 自分の拳を見つめて動かない京を見て、杉浦はため息をついた。

(たぶん、伊吹は俺が想像もできないようなことをしてきたんだろうな…それで葛藤してる。俺にはその気持ちを振り切ってやることはできない。けど)

 だからなんだと言うんだ。酷いかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃない。伊吹京という人間と、友達を辞めたくないと思った。それが事実だ。

「伊吹、いい加減にしないと怒るぞ」

 にっこりと笑って、杉浦は言った。京はその笑顔にぴくりと肩を震わせる。

 ズモモという効果音がつきそうなオーラが彼の背景に浮かんでいるような気がする。

(…おっかねぇ…)

 素直に恐怖を感じて、京はぐっと喉を詰まらせる。

「ほら、大丈夫だから」

 先ほどとは違って、柔らかい笑顔を見せてさらに拳を突き出してくる杉浦に、京はそっと自分の拳を合わせた。

「よし、これからもよろしくな」

「…ああ」

 こいつには敵わないな、そう思いながら京は少しだけ笑った。

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