第ニ章「ビギナーに若葉が光る」
MISSION 14「はじめての東京」
――3/10 13:12 東京都 首都高速道路――
「うわぁ……東京だあ……」
呆然と流れる景色を見て、トオルコは感嘆の声を漏らす。地中から生えたビル群。ガラス張りの窓は、傾き始めた太陽の光を反射し、幾何学的な輝きを放っていた。色とりどりの車が目まぐるしく、車窓を過ぎていく。
その一台一台を食い入るように見る、上京して30分の少女。
「なんか新鮮な反応だね。カッキー。修学旅行で来た事はなかったの?」
「あるにはあるんですが……あの時は友達も少なかったので、スケジュールの消化になっていたというか。いまいち覚えていないんです」
「そうなのね~じゃあ色々出かけてみるといいよ。怖いとこもあるけど、なんやかんやいって東京って楽しいから」
その様子を見て、優しく微笑むと提案をする白髪の男性。その言葉には、都会で生きる極意みたいなものが秘められている気がした。
ちなみにカッキーは、シロミネさんと前の前のPAから考えていた私の愛称だ。トオルコでは言いにくいとのことで、カミキをもじってカッキー。
「しかしまた急だねぇ。昨日はあんなことがあったのに、翌日には東京に向かううちらのDOXYに乗ってくるってんだかんね。大人しそうな顔してやるじゃんコイツ~」
「ああク……クロイさん……ありがとうございます……」
隣に座ったクロイが肩を組んできた。完全にオフスタイルなのだろう、緋色のタートルネック・セーターを着ているが、ネックより下の胴体部分のほとんどが爆乳に食い込み、へそを露出させている。
女性が見ても目の毒に感じる。その分の女性ホルモンを、私に分けてもらえないだろうか。ちなみに、トオルコは白地のワンピースに黒タイツ。それと、ブランド不明のくたびれた黒いリュックサックを胸に抱えている。
「でも珍しいですね。黒さんが人を気に入るなんて」
運転席から会話に参加するトキワ。ちなみに前の前のPAで運転を、シロミネと変わってもらっている。彼女は隊のジャケットの下に、黒いトレーナーを身につけ、ボトムスにジーンズを履いていた。
「そうなんですか?」
「そうなのよ。私なんか、最初は口も聞いてもらえなかったんだから」
道路に目を向けたまま、懐かしそうに語るトキワ。今日も艶やかなお団子ヘアーが揺れている。
「つまり……内弁慶ってことですか?」
「まあ、そうなるね。ですよね?黒さん?」
「バッ……違ェよ! ただその……あれだよほら……新人の洗礼ってやつ? そうそれだよ!」
少ない窓から漏れる光に照らされる、クロイの顔。トオルコにはその顔が、ほんのり紅潮しているように見えた。
恥ずかしさ紛らわすように頬を掻くクロイ。
「じゃあ、トオルコちゃんにもその洗礼ってやつを受けさせなくていいんですか?」
トキワにしては珍しい意地悪な顔をしてみせる。クロイはたまらず、運転席に向けていた視線をぷいっと向けた。
このときトオルコは、クロイが恥ずかしさを隠すとき、視線を明後日の方向に向けるのだと学んだ。
「しかし、意外と荷物も少なかったな。冷蔵庫や洗濯機の類は良かったのか?」
対面に座るシロミネ、その隣にいるコウが聞いてきた。トキワと同じく隊のジャケットを羽織り、下にジーンズを履いていた。
「ええ。かなり古かったですし、家電はこっちでそろえようと思っていたんです」
「そかそか。まあうちもこれ以上家電はいいかなと思っていたし、丁度良かったかもな……」
「え~なんでコウ! キーの発明の手がかりになるかもしれなかったでしょ~⁉」
助手席に座っていたキーがフロントガラスに背を向け、黄色い瞳を悲しく歪ませながらコウに突っかかる。
「勘弁しろよ……あれ以上ガラクタ増やしたら、いくら増築しても足りないぜ……」
キーのわがままに頭を抱えるコウ。おでこに手を当て、頭を横に振る。青髪を彼の後ろにある窓が照らしている。彼にとって、昨今の悩みの種は、キーのことなのかもしれない。
「ガラクタじゃないよぅ! 次の試作品は、装甲種の生体装甲だってブチ抜けるようにするんだから!」
「やめてくれ……いよいよ銃刀法に引っ掛かっちまう……」
ガラクタ、もとい発明品だろうか。その処遇についての論争が始まった。なかなか物騒なワードが聞こえた気がするが、水に流そう。
こんな感じで車内は、他愛もない雑談や論争で四、五時間退屈することなく進んでいた。
最初のPAでの議題は、「太陽と月のどっちが好き」か。次のPAでは、「春夏秋冬のどれが好き」か。その他割愛。
さっきのPAでは、「ディズニーかUSJ」のどちらかの論争が勃発した。
ちなみに総括として、最初の議題で太陽と答えたのはクロイ、コウ、トキワ。月と答えたのは私と、シロミネ、キーの半々となった。
季節編では、春と答えたのはコウとキー、夏がクロイ、秋がトキワとキー(二回目)、冬は私とシロミネという結果だった。
「太陽はいいよね。春の日向でうたた寝とか乙だろ?」
「夏はいいね! 服が薄くても誰も文句言わないじゃん!」
「キーはね~。バッテリーが熱くなったり冷えたりしない春と秋がいいなあ」
「秋は好きです。山の紅葉が色づいていくのが素敵で。もみじココアっていうのも悪くないんですよ?」
「名前の影響は否定しないけど、雪山って心が洗われるようで好きなんだよね~。」
「月は……単純に好きです。いつでも見守ってくれている感じがして」
各々が自分の好きについて語り合う、時折驚きや同意の声を交えながら車は進む。高速道路は、大木のように群集したビルを、縫うように敷かれている。
いくつかのトンネルとジャンクションを通過するにつれて、ビルの高さが徐々に低くなり、高速道路はわずかに緑を残した森林地帯に差し掛かった。
それから30分後、車は東京都心を通過し、県境に位置した八王子市に到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます