47.

「ちょ、紗江。もうだめだって」


 正樹の声が届いているのかいないのか、紗江は再びその身で正樹を確かめようと幾度目かの抵抗を試みていた。乏しい経験をありとあらゆる知識で埋めながら、紗江は恥ずかしさも忘れて正樹を高めるために手を尽くした。しかし、もうどんな手を使おうとも正樹の熱さをその身に感じることはできなかった。


「ごめんよ、紗江」


 正樹が紗江を胸に抱き優しく髪を撫でる。燻る炎が一瞬揺らめいた。潤む瞳で正樹を見つめると、全てを承知したとばかりに正樹の唇が紗江を覆った。


「そんなに淋しかった?」


 淋しい?

 正樹の手が紗江の頬を優しく辿りながら落ちていく。

 淋しいのだろうか…。

 紗江にはよくわからなかった。ただ最近、闇が甘美な香りを伴っていつも自分の背後で横たわっているのを感じていた。


「しばらくは出張はないはずだから、紗江が淋しい思いをすることはないよ。でも」


 正樹が紗江の顎を取り、自分と視線を合わせる。


「こんなに激しく紗江に求められるなら、たまには出張してもいいかな」


 正樹が笑いながら紗江の髪を撫でていたが、紗江の表情を見とめて、その笑いを止めた。


「ごめん。しないよ、そんなこと」


 正樹が紗江を抱えるように抱きしめる。その抱擁は苦しいのにとても心地よかった。

 ふと力が緩み、紗江は束縛から解放された。正樹はベッドの上で上半身を起こして腕の時計を見つめていた。

 時計は嫌いだった。特に、二人の逢瀬を束縛する間は。


「紗江、そろそろ帰らないと。ちょ、紗江…」


 正樹の声が掻き消える。紗江は正樹の抵抗などお構いなしに、再び全身で正樹を求めた。


「だめ、だよ、紗江…。今日は、どうした…」


 途切れ途切れに尋ねる正樹を無視して、紗江は正樹をその身に沈めた。


「さ、え…」


 自分の名を呼びながら恍惚の表情を見せる正樹を、紗江は見下ろしながら自分も登り詰めていった。

 この瞬間だけが確かな自分のものだった。

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