12.

17時50分。




 朝は綺麗な晴れ間だったのに、昼から怪しく広がり始めた雲は、今はすっかり空を覆いつくしていた。


 確かに今朝の天気予報では、午後から80%という予報だったが。




 ちょっと早く来すぎたかしら。




 17時30分の定時のベルがなると同時に席を立ち、更衣室でグリーンチェックのシャツワンピに着替えて、メイクを直し、会社を出たのは40分頃だった。時間を見ながら歩いてきたつもりだったが、それでも早く着いてしまった。




 でも、相手を待たせるのもあれだし。




 紗江は早く着いた言い訳ばかりを考えていた。




 と、その時。




「うわぁっ」


「きゃぁっ」




 悲鳴とともに多くの人が駅の構内に駆け込んできた。




 顔を上げると、激しい夕立が降っていた。


 駅の構内に駆け込んできた人々は、傘を差す暇もなかったのだろう。降りだしてそれほどたっていないのにもかかわらず、かなり濡れていた。




 殿上さん、大丈夫だろうか。




 駅構内の時計を見ると、17時56分だった。




「紗江さん!」




 不意に名前を呼ばれて振り返ると、かなり濡れた彼の姿があった。




「ごめん、待ったかな?」


「いえ、そんなに待ってはいないですけど。殿上さん、大丈夫、ですか」




 傘を手にしている様子はない。持っているのは黒いビジネスバック一つだけだった。




「はは、急にやられちゃってね。近くまで来てたからそんなに濡れないだろうと思ってたんだけどな。傘はね、ここにちゃんと」




 そういいながら、ビジネスバックの中を探っていた彼だったが。




「…持ってると思ったんだけど、記憶違いだったみたいだ」




 ばつが悪そうにバックの蓋を閉め、いまだ雨の止まぬ空を見上げた。




「困ったなぁ。傘、買うか」




 彼は近くの売店でビニールの傘を買うサラリーマンを見ながら言った。




「ちょっと待ってて」




 そういって駆け出そうとした彼に。




「あ、あの!」




 紗江は、自分でも驚くほどの声を出していた。


 少しびっくりした顔で立ち止まった正樹は、優しいテノールの声で「何?」と問いかけながら再び紗江の前に立った。




「傘、よかったら、一緒にどう、ですか?」




 紗江は右手に持っていた水色の小花柄の傘を差し出した。




「よろこんで」




 正樹は差し出された傘を受け取り、優しく微笑んだ。

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