10.

 学生のときは朝の6時なんて寝ているものだった。


 社会人になってどれくらいたってからだろう。目覚ましがなくても、いつも決まった時間になんとなく起きるようになったのは。




 今朝もいつものように、起きたらまずコーヒーメーカーのスイッチを入れた。そして、その間に朝食の用意をする。以前はもっぱらパン食だったのだが、最近はインスタントのスープと野菜サラダに凝っていた。特に野菜サラダのドレッシングは、休みの日に作り置きしておいたお手製だ。コーヒーの香りで頭を覚醒し、一日を乗り切るパワーを新鮮な野菜から頂く。それがここ最近の紗江の毎朝の儀式であった。




 いつものように少し大きめのマグカップにコーヒーを注いでいたときだった。


 手元に置いていた携帯のメール着信の音楽が鳴り始めた。こんな朝早くからメールが届くことなんて、まず、ない。




 もしかしたら。


 紗江の中にかすかな予感があった。




 まだ半分ほどしかコーヒーが注がれていないマグカップをテーブルの上に置き、その代わりに携帯を手に持つ。


 すばやくメールを確認すると、やっぱり彼からだった。




『おはよう。あれから想像以上に仕事がはかどって、思ったよりも早く帰ることができました。紗江さんのおかげだと自分は思っています。ありがとう』




 確かに、また連絡するとはあったが、本当に、それもこんなに早く、連絡があるとは思ってもいなかった。




 そんな。私、何もしてないのに。


 紗江は戸惑ってしまったが、食事の時間が減るのもかまわず、メールを送信した。




『おはようございます。昨日はあれからお仕事がうまくいったようでよかったです。とはいえ、無理はしないで下さい』




 なんだろう。この感じ。


 心のはしっこが、こそばゆい。そんな感じを紗江は味わっていた。


 男性とのメールが初めてというわけでもない。過去に彼氏だっていたし、もちろんメールだってやり取りした。


 でも。


 こんな感じは一度もなかった。


 不思議な感覚に戸惑いを覚えながら、紗江は半分しか注がれていないコーヒーに口をつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る