あかりちゃん

ふたつかみふみ

「今日の花火はすごかったね。」

帰り道、娘のあかりちゃんがそう言った。地区役員になって初めて夏祭りに来てみたが、ここの夏祭りもそう悪くないものだ。ただ今回は役員だったので、後片付けのために最後まで残らなければならなかったのが少し痛いところではある。

「そうだね、ここの夏祭りがこんなに立派だってお母さんも知らなかったよ。」

それでも、そんな私を終わるまであかりちゃんが待ってくれていたことがとてもうれしい。その感情を覚えながら人通りの少なくなった暗い道を歩く。街灯が少ないので懐中電灯と月の光だけが頼りだ。

ここ数日不審者の目撃情報が相次いでから、小学生は滅多に外に出なくなった。今回あかりちゃんもクラスメートを誘ったらしいのだが、今年は誰も来なかったらしい。私も子供達だけで参加させるのはとても怖いし気持ちはよくわかる。しかし、夫も仕事で家を空けていたし、地区の方針として夏祭りを延期あるいは中止することはないと言っていたし、役員は全員参加ということもあって、あかりちゃんを家にただ一人で残すわけにはいかなかった。

そこで私はあかりちゃんのため、私のために今日のルールを決めた。祭には私と一緒に来ること、本部テントから離れないこと、一人で露店をうろうろしないこと、帰るときには一緒に帰ること。あかりちゃんも承諾してくれたし、私は安心していた。

前方から上下ジャージの人が走って来る。この時間にジョギングだろうかと疑問が過ぎるも、あかりちゃんが生まれるまでは夫もそうしていたことを思い出しそれを掻き消す。そう、きっとただのジョギングなのだ。

そのジョガーとすれ違うとき違和感を覚えた。何故この人は夜なのにも関わらず明かりをもっていないのか、何故走ってるのにマスクをしているのか、何故サングラスをしているのか-

その違和感を数えているとあかりちゃんがその場にうずくまって泣きはじめた。

「どうしたの、あかりちゃん?」

「さっきの人になぐられた。助けてお母さん。」

娘が殴られたと話す場所からは血が流れている。私は急いで近くの家のインターホンを鳴らした。惨状を見ると急いで救急に電話してくれた。

「大丈夫、大丈夫だからね。あかりちゃん。」

娘を鼓舞しながらもさっきのジョガーを思い出す。小太り。マスクが私の目線の辺りだったので身長は170cm程度。そして特徴的なバランスの悪い走り方。ようやく私の頭の中で繋がった。

件の不審者だ。服装などは情報と異なるもののそうにちがいない。

「お母さん、寒いよぉ。」

「大丈夫だよ。もう少しで救急のお兄さん達来てくれるからね。それまでがんばろう!」

この血の海の中で徐々に冷え行くその体を今は抱きしめるしかできない、換わってやれない自分の不甲斐なさを感じる。どうしてこんなことになってしまったのか。役員を引き受けてしまったのが悪かったのだろうか、娘を連れて来てしまったことが悪かったのだろうか、家にいれば何も起きなかったのだろうか。疑問と後悔で頭がいっぱいになる。

救急車が来て病院へ連れられる。車内で処置をしてくれている救命士達を見て、以下に私が何もできなかったかを思い知らされる。助けてお母さん、なんて言われたのに何もしてやれなかった。

呆然としているとこう聞かれた。

「お母さん、お父さんへの連絡は済んでいますか?」

「あ、はい、いいえ、まだです。」

「連絡先を教えてください。私どもから連絡します。」

そういわれるまで私は自分が携帯電話を携帯していたことを忘れていた。夫の電話番号を教え、まともに伝えられない私に代わって連絡してもらった。

病院に到着し、娘を手術室に見送る。私が如何に何もできないかを思い知らされ、うちひしがれる。

「おい、あかりはどういう状況なんだ。」

夫が少し責めるような口調でやってきたが、私のぐちゃぐちゃの顔を見て少しトーンダウンする。

「なあ、何があった。」

「あかりちゃん、通り魔に刺されたの。私の目の前で。私がついていながら。私何もできなかった。私-」

「いや、お前はよくやってくれた。俺の方が何もできなかった。お前に任せっきりだった。すまない。でも、今はそれを責めても仕方ないだろ?俺は信じて待つ、あかりはまた笑って起き上がってくれるさ。」

手術室の赤いランプが暗くなる。

「あかりはどうですか?」

夫が出てきた医者に問う。

「大変申し上げにくいのですが…、私どもも力を尽くしたのですが…」

「そんな!」夫が叫ぶ。

その時の私の記憶はここまでだ。

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