魔導を極めし伝説の魔剣使い ~明日頑張ると言ってから約2年、かつての伝説が再び幕を開ける……かもしれない~

@rabbits

第1話

 魔剣の王と称された最も崇高な魔導士がいた。世界各地に存在する闇の巣窟――魔窟を攻略した彼は数多の功績を打ち立てた。


 高位悪魔の討伐。未踏破階層の攻略。その全てが栄光ある功績であった。


 名に恥じぬ勢いで魔窟を攻略していった彼と仲間であったが、――約二年前、最深部において壊滅的な被害を受けたとされる。優秀な魔導士、そして魔剣の王とその師匠までもが戻らなかったのだ。魔剣の王によって生き延びる事ができた彼女達が最深部で何が起き、結果がどうなったかを知る術はない。しかし、現に彼女達が主と仰ぐ彼は戻ってこなかった。


世では最後まで世に正体を隠していた魔剣の王は死して伝説となった。




◇◆




 アルノーツ王国――王都アルノーツ。

 その王都の中心に堂々と聳え立つアルノーツ城の一室。


「まだ見つからないのかっ!! もう二年も経つのだぞっ」


 激昂した少女が長机に拳を振り落とした。真っ二つに割れた机が音も無く蒸発し、跡形も無く塵となって消える。押さえつけても漏れ出す高密度の魔力が具現化したのだ。


「どこにっ……」


 炎魔法を極めた魔冠グランドの彼女が制御できなくなるほどの激情が彼女の中で渦巻いていた。紅髪をサイドテールに結った彼女の髪までもが燃えていると錯覚するような雰囲気を醸し出しているのだからその激情は凄まじい。


「くっ……」


 端正な顔立ちは焦燥で歪みきっていた。


「エリスは少し落ち着くのですよぉ~。焦ってもぉ~事態は良い方向には動かないわよぉ~」


 間延びした口調で語り掛ける少女をエリスティーナの紅い瞳がきっと睨みつける。ふわふわと、そして可愛らしい口調がエリスの琴線に触れた。だが、ここで激昂する事はしまいと大きく深呼吸を繰り返す。


「ふぅ。……シャルロッテの情報網にも引っかかっていないのか?」

「さっぱりなのですよぉ~」


 声の主は口調から想像できる柔らかな微笑を浮かべたままそう告げると、艶のある黒髪を宙に舞わせながらシャルロッテは首を振る。その仕草から本当に何の情報も無いのだと理解したエリスティーナは愕然としていた。


 シャルロッテの影魔法は諜報や情報収集に特化したものだ。『月影姫シャドウプリンセス』という二つ名も伊達ではない。現に彼女もまた魔冠グランドであるのだから。


「……だが、こうしている間にも――」

「肯定。もう一度、魔窟の捜索をした。結果は否」


 この場にいる最後の少女が告げる。淡い水色の髪を団子にした――リーゼリアが悲壮感を漂わせながら俯いてしまう。


「そうか……。しかし……死んだとは考えにくい……。必ずどこかで生きている筈だ」


 彼女達が心配する者はこの場にはいない。


「こうも進展が無いとぉ~レミナ王女が怒りだしそうなのですぅ~」


 シャルロッテは頬に手を当てながら考え込む。彼女達の頭には生存しているという事しかなかった。故にこの場にいた男性が口を開いた。


「考えないようにしているんでしょうが……」


 フェリック・アウトバーン。それが彼の名前だ。


 雷魔法を得意とする魔公パラディンの称号を得る魔導士の男性である。今回の捜索に当たり王国から遣わされた魔導士であった。


「生存は絶望的ですね……」


 そして、彼が口にしたものは最も現実的で可能性の高いものであった。


「貴様あぁぁぁ!! 私の前でよくも言えたなっ!!」


 掴みかからんばかりに叫んだエリスティーナは複雑怪奇な文字がびっしりと刻まれた指輪を嵌めた手を向けていた。


「肯定。フェリック……死にたいの?」


 扇を向けたリーゼが淡々と告げる。その瞳は感情をそぎ落としたかのように何も映ってはいない。


「そうですよぉ~。私達を怒らせて楽しいのですかぁ~? このままじゃ~寝たら起きれないですよぉ~?」


 シャルロッテは笑みを浮かべている。だが、握りこんだ鎌がフェリックの首にいつのまにかかけられていた。少しでも引けば首を落とされるだろう状況であった。


「ようするに寝ている間に殺すってことですよねっ!?」


 だが、フェリックの叫びに対して薄皮一枚まで迫った鎌が返答のようであった。


「そうとも言えるのですよぉ~」


 どこまでも間延びした口調で告げるシャルロッテ。だが、この中でもっとも注意しなければならない人物あるという事はこの光景で分かるものであった。


 そんな状況の中、フェリックは何度か深呼吸を行うと覚悟を決めて口を開いた。


「団長が戻らないという結果は変わりません。なので、皆様にもそろそろ本腰を入れて王令騎士団オーダーナイツとしても活動して頂きたいのです」


 その瞬間、三人は泣きそうな、そして溢れ出す感情の全てを堪えた壮絶な顔に変わる。一気に重苦しくなった空気にフェリックは気まずそうに頬をかく。彼とて彼女達と捜索している相手の関係性は多少は聞き及んでいる。物心がつかない頃から共に過ごしてきた幼馴染であり、正体不明の組織が行う非道な実験から救われた四人だという情報は知っていた。


 嫌な役回りをしたもんだ、とばかりに肩を竦めていた。


「はぁ~」


 部屋に張り詰めるどんよりとそた空気を感じ取ったフェリック。三人の泣き出しそうな顔を見てしまえば溜息の一つは出てしまう。


「……あの団長なら……どこかの街でのんびりやってるかもしれないですね」


 しかし、彼とてそれを心の底から信じている訳ではない。僅かな間であったが彼とて魔剣の王とは知己を得ている。故に死んだとは到底思えない事も事実であった。気休めにもならない言葉を呟いたのはやはり悲壮感を漂わせる三人を慰める為であった。


「そうだな。確かにどこかでのんびりとしているのだろう。アイツは目を離すとふらふらどこかに行くからな」


 真っ先に立ち直ったエリスが拳を握りしめたまま確信した様子で告げる。


「もういちど国内をくまなく探してみるのですよぉ~。もしかしたら寝ている間に他国に流れ着いている可能性もありますし」

「肯定。国内をくまなく探す……」


 盛り上がった三人を見て言葉の選択を間違えた事に気が付いたフェリックだったが後の祭り。三人の捜索はまだまだ終わらないようであった。

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