第20話妹とイヤホン
「お兄ちゃんお兄ちゃん! この曲いいですよ! 一緒に聴きましょう!」
妹がスマホとイヤホンを手に部屋に入ってきた。
あまり好みが合うことはないのだが妹が勧めてくるのも珍しいので聴いてみようか。
「うーん……なんて曲?」
俺がiTunesで曲を検索しようとすると妹が止めに入る。
「お兄ちゃん! 私は一緒に聴きたいんです! 何を検索しようとしてるんですか!」
ひょいとイヤホンの片方を差し出してくる妹。
俺はスマホとイヤホンを受け取ろうとする。
「お兄ちゃん、しれっと両方取らないでください! ここは片方ずつ共有する流れでしょう!」
そう言って俺からイヤホンの一方をもぎ取る。
「はい! 一緒に聴きましょう!」
しょうがないな……
俺は右耳にイヤホンをはめてみる、妹は顔を思いきり近づけて左耳にイヤホンを付ける。
息が届くくらい顔が近くてドキドキする。
心地よい風呂上がりのシャンプーの香りがする。
「ほらほら、再生しますよ!」
妹がスマホを操作して曲を再生する、ポップなリズムが耳から流れ込んでくるが……隣が気になるのでそれどころではない。
「いい曲でしょう?」
そう言ってくる顔を素直に正面から見ることが辛い。l
俺は適当に言葉を濁す。
「そ、そうだな」
曲はあまり頭に入ってこないのだが同意しておく。
「お兄ちゃんが一緒だと曲の良さが五割増しくらいになりますね……」
「そうか?」
元の曲をもう少し褒めてやれよ……気の毒だろ……
そんな気持ちをさておいて、妹は当然のごとく独自理論を展開する。
「そりゃあお兄ちゃんと一緒に聞きたいんだから当然でしょう? むしろお兄ちゃんがいないと普通の曲じゃないですか?」
言っちゃったよ、普通の曲じゃねえか!
俺は思わず突っ込む。
「曲を聴かせたかったんじゃないのか?」
「そんなんお兄ちゃんとくっつくための言い訳に決まってるじゃないですか!」
開きな直った! とても正直だなコイツ……
「うぇへへへ……お兄ちゃんが隣に……いいですねぇ……」
不気味な独り言が隣から聞こえている気がするが無視する。
そうして聴いていると一曲が終わる。
俺はイヤホンを外す。
「おーい、曲終わってるぞ?」
何故か妹は恍惚とした表情でイヤホンを付けたままにしている。
俺が顔の前で手をひらひらさせるとはっと気付いたように真顔になる。
「はぁ……終わっちゃいましたか……せっかくのボーナスタイムが……」
妹はがっかりした顔でため息をつく。
「いい曲だったぞ」
コイツがどう思っているのかは分からないがいい曲だった。
ちなみに曲の内容はあまり記憶にない、隣から漂うシャンプーの香りが気になっていた。
「そ、そうですね! お兄ちゃんと一緒なら大抵名曲になりますからね!」
もうはじめに「この曲がいい」と言ったことは忘れているらしい。
「そうかそうか。ところでシャンプー変えたか?」
なんかウチのシャンプーと違う匂いがしたので訊いてみる。
「へ!? ああはい、お兄ちゃんと接近するの……げふん、いえいえなにも特別なことはしてないですよ、はい」
まあそんなことを気にする俺も大概なのでさらりと流すことにした。
そして妹の勧めた曲を調べてそのバンドにはまった。
そしてその後、俺が完全ワイヤレスイヤホンを買って妹の不興を買ったのはまた別の話……
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