四年の月日

@kurokurokurom

第1話

 病室の窓の外は太陽の薄い光に覆われて、下校するランドセルを背負った小学生やエプロン姿の主婦が見えた。この病院は住宅街の中にあって、辺りは閑静だ。季節は冬で木々は葉を落として、枝だけが残っている。病室の中はオレンジ色の電気に照らされていて、どこか温かみがある。呼吸器と点滴のついた彼女が苦しそうに息をしている。彼女はすっかりやせ細ってしまった。医者からはもうじき意識を失い、亡くなるかもしれないと言われた。

「体調はどう?」

 僕は彼女のベッドの隣にある丸椅子に座り、彼女の顔を眺めた。彼女の目線が僕の目と合う。

「いいとは言えないわね」

 かすれた声で彼女が言うことを僕は聞き取った。

「外はずいぶん心地がいいよ。なんか僕は中学生だったころを思い出したね。どうして少年時代を思い出すといい気分になるのかな」

 僕はあまり関係ないことを話した。

「私ね。もうじき死ぬのよ。最後にあなたに言いたいのは、あなたには本当に感謝している。私、あなたと過ごしてとても楽しかったの」

 僕は言葉に詰まる。目からは涙がにじんでいた。頭の中で適当な言葉を探すが出てこない。

「だから、私が死んだら、私のことなんか忘れて幸せになってね」

 彼女はそう言って疲れたのか目を閉じた。僕はじっと椅子に座り、彼女の手を握っていた。この温かい感覚はもうすぐ消えてしまうのだ。僕の脳裏には二人で海に行った記憶がよみがえってきた。あの頃は彼女が病気になるなんて思いもしなかった。僕の隣にいる彼女は元気で笑顔がとてもかわいい人だ。彼女は僕に優しくしてくれた。

 僕は彼女が眠りについた後もじっと椅子に座って、夜になると、彼女の両親がやってきて、僕は挨拶をした。

「毎日お見舞いに来てくれてありがとう。きっと由香も喜んでいるわ」

 母親は病室で悲しそうに彼女の手を撫でていた。

「いえ、僕は毎日会いたいから来ているだけで」

 僕は悲しそうな両親の顔を見て、そこにいられなくなり、涙が出るのをこらえて病室を後にした。帰り道、街はやけに澄んで見えた。僕はきっと後年もこの光景を思い出すのだろうなと思った。

 それから彼女は意識を失った。僕は面会に行ってもそこには目を閉じた彼女がいるだけだった。

 僕と話をした時からちょうど二週間後に彼女は亡くなった。僕は部屋の中でただ茫然としていた。これから僕は一人で生きなきゃいけないのだなと思った。


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