⑦青春タイトル争い ~ライバル~

 友達なんですよね――――――。


 琴音のおっかなびっくりとしたその問いに対する少女たちの答えは。


「うんっ、そうだよ!」

「ううん、違うわよ」


 ものの見事なまでにハモらなかった。

 二人の真逆の答えを聞いた琴音は、「……あちゃー。やばい地雷踏んだかも」と頬を引きつらせながら、


「えっと、エリスさんは友達なのに、千秋姉は違うの……?」


 おそるおそる尋ねる。すると、エリスも複雑そうな表情で続いた。


「やっぱり千秋は葵のこと、苦手なの?」

「え、ええと、それは……」

(……いややっぱりって)

 

 琴音からは気まずげな、エリスからは寂しそうな視線をそれぞれ向けられ、千秋は思わず口ごもる。しかし、否定はできそうになかった。


 まず、単純に性格が合わない。


 千秋は真面目ではあるが、基本的に他者との交流や学校でのイベントを大事にするし、集団においては調和を何よりも優先する性格だ。そのためには自己主張を抑えることも、場の空気を読むことも辞さない。たとえ日和見主義と揶揄されようとも。


 対照的に、葵はまさに唯我独尊、自分で引いた線路だけを突き進む、ハンドルの壊れた機関車のような女だ。周囲から浮こうがぼっちになろうが他人と協調することをよしとしない。人に自分を理解してもらおうという気がまるでない。


 自分の主張を毅然と説いても、相手の言い分にもしっかり耳を傾けるエリスとはここが違う。

 まさに水と油。ここでは、水が千秋で油が葵という表現で差し支えない(キャラ的に)。


 いや、それだけならまだいいのだが。


 そのくせ――――――。


 なんだか思い出したらイライラしてきた。


「だって彼女、気まぐれで不真面目だし。何よりいつも斜に構えてて素直じゃないし。お世辞にも付き合いやすい女子とは言えないわよ」

「…………」

 

 千秋がとある理由(丸わかりだが)から不機嫌さを隠そうともせずにそう言うと、琴音はあらびっくりと言わんばかりにぽかんと口を開けていた。


「……なによ、琴音」

「え、あ、うん。いや、なんか千秋姉がこういう陰口? みたいなこと言うの珍しいと思って」

「別に陰口じゃないわよ。本人に聞かれたって全然構わないし」

「…………」


 その言い草そのものがなおさらだよ、琴音は嘆息する。

 千秋はあまり他人の悪口……というより批評さえしない。女子同士のややこしい人間関係を円滑にやっていくために。これは長い付き合いで琴音も理解していた。だから意外だったのだ。とにかく。


「千秋姉はこう言ってますけど……エリスさんは平気なんですか?」


 風向きが悪くなってきたことをひしひしと感じた琴音は、ごまかそうとポジティブな答えを返したエリスに振る。


「うーん……ちょっと尖ってるかなとは思うけど、わたしからするとそこまで変な子って感じでもないよ。葵よりキツいことバンバン言う人も、もっと他人に関心ない人も今までいたし。確かに素直じゃないけど、ほかの子たちと違って外国人のわたしにもあんまり気を遣わないから、それがむしろ好きになれたとこなんだ」

「……それホント? エリス」


 頬に指を当てながら軽く肯定するエリスに、千秋は苦い顔をする。


「あはは、なんかまさに日本人と外国の人の考え方の違いって感じですね」

「でも葵、わたしたちには色々と言うけど、悠斗にはなんだかんだで優しくしてるよね。よくからかってはいるけど」

「エリス。違うわよそれ。真岡さんは悠君に優しいんじゃない」

「えっ?」

「……千秋姉?」


 千秋は、エリスと琴音をそろって目を丸くしたことにも気づかず。

 そうだ、そのくせ―――――。


「甘えてるのよ、彼に。悠君が何を言っても怒ったりしない温厚な性格だからって」

「えっと……千秋?」


「だから、好き勝手しても許されると思って依存してるの。……まったく、どっちが嫌な女だっていうのよ」

「えっと……千秋姉?」


 腕組みをしながらトントンと苛立たしげに指を叩く千秋に、エリスは絶句し、琴音は背筋に冷や汗を流す。


「だいたい、真岡さんも認識が甘いわ。何も言わないからって、優しいからって、そうやってズレた甘え方をすると手痛いしっぺ返しを無意識にしてくるのが悠君なのに。3年は優に引きずるくらいの」

「ちょっと千秋姉!? 怖い怖い!?」


 琴音は思った。

 千秋姉がその葵さんに腹立ててるのって、性格が合わないからじゃなくて、単に男の好みと男への態度が似てるからじゃあ……。


「要するに同族嫌悪……」

「……なんか言った?」

「う、ううん! 何にも!」


 ぼそりと呆れた突っ込みを入れた琴音に、ピクリと反応した千秋は鋭い眼差しを向ける。その冷えた瞳に、琴音の背筋はピンと伸びた。


 そんな至極真剣なのに、どこか気の抜ける二人のやりとりにエリスは苦笑して。


(やっぱり、葵だけじゃなくて千秋もそうなんだ。……わかってたことだけど)


 エリスはそんな、大好きだけど、いつまで続くか彼女自身にもわからない友情に、不安と切なさと苦しさで一杯になる。

 それでいて、譲れないと確固たる気持ちもまた強くなっている。

 その自分の卑怯さと身勝手さにまた傷ついて。


「……それより、エリスこそ大丈夫なの?」

「えっ?」


 エリスのそんな気持ちに感づいたわけではないだろうが。


「真岡さんとそんなに仲良くしちゃってて」


 千秋が核心を突く問いをエリスに向けた。

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