第1話⑦ 波乱の予兆

「……付き合うって、何に?」

 

 真岡が絞り出すように発した言葉の真意が飲み込めず、俺はアホみたいなセリフで問い返す。ちょっとだけ時間を借りたいという意味にも……あるいはそうでない意図にも聞こえてしまう。


「ん、えっと、それは、だな……」


 真岡はやたらとあたふたとしだす。視線や手元が忙しないことこのうえない。顔も心なしか赤みが差している気がする。いや、この暗がりだからよくわからんけど。


「……そ、そう、取材だよ、取材! 取材に付き合ってほしいんだよ」

「取材?」

「……あ、ああ。実はその……これからの展開で文化祭とかの話もやることになりそうなんだ。でも、あたしって文化祭とか修学旅行とかって、ずっとサボってばっかだったから……何をすんのか、よくわかんなくて、さ」

「…………」


 悲しすぎる告白だった。まあ、俺もまったくもって人のことは言えないが。文化祭、体育祭、修学旅行。陰キャ、ぼっち、非リアにとっては三大厄災みたいなものである。


「でも、一人で文化祭回るのも友達いないヤツみたいでアレだし……、つーか一人じゃ入りにくい出し物とかもあるだろうし……」


 いや、実際あなたは寂しいぼっちですよね、というツッコミが頭に浮かんだが、それを指摘するのはやめておいた。

 彼女の表情に、どこか切迫したものを感じてしまったから。

 真岡は矢継ぎ早に言葉を並び立てる。


「そ、それにだな……やっぱりプロになるなら、空想や妄想だけじゃなくて、実体験として知っとけ、って担当もうるさくてさ。『青春を経験してないといい小説なんか書けないわよ』とかしたり顔で言いやがるんだ。正直、『そんなことできたら苦労しねー。第一、できてたら作家になんかなろうと思ってねー』ってめっちゃムカついたけど……確かに経験がないからわからないことが多いのもホントで……」

「…………」


 だったら、エリスとか桐生とか誘ったらどうだ、あいつらのほうが青春の過ごし方を知ってるぞ、俺なんかじゃまったく青春の勉強にはならねえぞ……なんてヘタレた台詞が喉から出かかったが、それを口にするのもまたやめておく。


 いくら他人の心情を読み取るのが苦手な俺でも、これはさすがに『二人で回ろう』と誘ってくれているのは伝わってきたから。

 普通なら罰ゲームやドッキリを疑うところだが、真岡に限ってそれはない。断言できる。……友達いないからな、こいつ。


「こんなこと頼めるの、あたしが小説を書いてることを知ってる柏崎くらいしかいないんだ。……その、取材だからな。……ダメ、か?」


 ただ、この『取材』というのがどこまで本気なのかは、俺の錆びついた感情回路では判別しきれなかったが。一般的な推測ならば誘うための口実や言い訳、なのだろうが、真岡の場合は小説ガチ勢だ。本当に取材のためだけ、ということもあり得なくはない。


 真岡は「はは……」と、真剣さと冗談ぽっさが入り混じった微苦笑を俺に向けてくる。俺がどちらを答えても、取り繕える準備しているように見えた。

 なのに、俺は返答に窮してしまった。


「……いや、頼りにしてくれるのはありがたいんだけどさ。その……」


学校の友人(?)と一緒に学祭を回ることくらい、大したことではないはずだ。それがたとえ相手が女子だろうと。リア充連中ならいくらでもやっていることだ。

 それに言い方は悪いかもしれないが、相手が真岡ならそこまで周囲の反応を窺う必要もない。俺も真岡も、学校の連中とは関わりが薄い。必然的に、俺と一緒にいることで彼女がバカにされたりするリスクは小さくなる。特に断る理由はない。


 にもかかわらず、俺は彼女の誘いを受けることを躊躇ってしまった。

 その理由もまた、俺の中で明白だった。

 ……はっきり言って、認めるのには抵抗があるけれど。


「……ひょっとして、もうエリスと先約があったりするのか?」

「…………」


 先回り、されてしまった。

 真岡はあっけらかんと続ける。


「もし明日がダメなら明後日でもいいぞ。どうせあたしは見回りのシフトの時間以外はヒマだしな」


 ただ、その視線はどこか落ち着きがない。

 俺は何となく手の置き所に困って、意味もなく頭を掻く。


「あ、いや。エリスと約束があるのは明後日だから、明日は別に大丈夫なんだが……」


 いくら真岡といえども、ほかの女子とも学祭を回るのには妙な後ろめたさがあった。別にエリスとは何かあるわけではないのに。だから、事前に彼女に許可を求めるのもおかしい。

 そして、真岡はそんな俺の自意識過剰をあっさり見抜き、突いてくる。


「エリスに対して罪悪感があるってか? 何だよ、もう付き合ってる気になってんのか。痛い奴だな。モテない男の思い込みってハンパない」

「なっ……!? そ、そんなんじゃねー! ただ、向こうから誘われたならともかく、今回は俺からエリスを誘った手前、こういうのはちょっとアレだな、とか思っただけだ。……痛々しいのは自覚してる」

「……え?」

「……何だよ。いきなり呆けた声出しやがって」

「……お、おまえからエリスを誘ったのか? エリスから、じゃなくて?」

「……う、ま、まあな」


 俺が羞恥に耐えながらそう答えると、真岡はなぜか目を大きく見開き、「そうか……」とかすれた声でつぶやく。そしてしばらく無言を貫くと、やがて顔を上げ、俺に向けて言った。


「……だったら、あたしからエリス……あとついでに桐生にもちゃんと言っとく。『明日は柏崎を借りるぞ』って。それなら……いいだろ?」


「……え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る