第4話⑥ 新たな約束
大宮駅から湘南新宿ラインで揺られること約30分、そして池袋駅で山手線に乗り換え、さらに5分程度。エリスの後についてホームに降りると、あのレジェンド漫画家が描いた昭和の某有名アニメのBGMが流れる。
ここは――――。
「高田馬場?」
そう。あの都の西北で有名な、某マンモス私大のキャンパスがある高田馬場である。
庄本高校は、埼玉県のなかではわりと上位の進学校ということもあり、毎年結構な人数がこの大学に進学する。
俺もぼんやりとではあるが、志望校の一つに入れようかと考えてもいた。まあ、気軽に受験できるレベルじゃねえけど。
……もちろん、出不精かつリア充が集まりそうな場所が苦手な俺は、見学しようなどと思ったことはない。
「うん、そうだよ」
エリスは頷いた。
「でも、何でこんなところを?」
俺みたいな超デート初心者が言うのもなんだが、わざわざ二人で出かけるには地味というか何というか……。日本の学生ならともかく、外国の人にとっては別に有名な場所でもないだろうに。
しかし、その疑問に対するエリスの答えは、これ以上なくわかりやすいものだった。
エリスは嬉しそうに告げる。
「この大学のキャンパスでね、おばあちゃんたちは出会ったんだよ」
×××
せっかくなので、地下鉄の東西線には乗らず、キャンパスまで歩いてみることにした。俺でさえ耳にしたことのある“馬場歩き”というやつである。まあ、馬場歩きとは「高田馬場→早稲田」ではなく、「早稲田→高田馬場」のことを言うらしいが。
「へー、これがウワサに聞く“Baba walk”なんだね」
「え? 英語もあるの?」
「うん、なんか留学生の間で使われてるんだって」
「マジか」
そんなとりとめのない話をエリスとしつつ、早稲田通り沿いを歩いていく。
まあわかっていたことではあるが、特段面白いものはない。よくある大通り沿いに色々な店が並んでいる。学生街というだけあって飲食店が充実している印象だ。
そのなかでも、そこいらじゅうにあるラーメン屋には興味をそそられる。大学生になったら、東京のラーメン屋巡りをするのが俺の小さな野望だ。
そんなあちこちの店に後ろ髪を引かれている俺がおかしかったのか、エリスはくすりと笑う。
「悠斗ってラーメンが好きなの? さっきからいろんなお店をジーッと見てるけど」
「……まあな。高校生男子は大体が好きだと思うぞ」
思わず立ち止まった俺が言うと、エリスは「そういえば」と指を顎に当てた。
「このあいだ恭弥君たちに連れてってもらったっけ。ラーメンって小さい頃に日本に来た時以来に食べたけど、確かにおいしいよね」
「ほう。あいつのチョイスなら間違いないな」
もう、俺と恭弥と司の三人で遊びに行くことはほとんどなくなってしまったが、昔はなけなしの小遣いを握りしめて近所のラーメン屋を散策したもんだ。
「まあ興味はあるけど、さすがに今日はやめとくよ。機会があれば、今度一人で食いに来るさ」
ラーメン屋は一人で入れる。一人で食える。一人で味が楽しめる。周りも黙々と食べる。すなわち陰キャやぼっちにとって数少ないオアシス。その価値プライスレスだ。
だが俺の言葉がお気に召さなかったようで、エリスはなぜか「むー」と唇を尖らせる。
「……悠斗、どうしてそうなっちゃうのかな? そこは、『今度一緒に食べに行こうよ』って誘うところだと思うんだけどなー」
エリスは拗ねたように三白眼で睨んでくる。そんな姿もすごくかわい……くはあるのだが。
「い、いや違うぞエリス。……そ、そう、あ、あれだ! ラーメンは女子を誘うには不向きな場所なんだよ。店は狭いところ多いし、客は男ばっかりだし、店員は愛想なかったりするし、ムードもへったくれもないんだ。だから、その、別にエリスを誘いたくなかったわけじゃなくてだな……」
以前、クラスの女子が『この前の彼氏とのデート、ラーメン屋だったんだよ。ありえなくなーい?』なんて言ってるのが聞こえたことがあったし、真岡が書いてる小説でも、ヒーローの男が間違って主人公をラーメン屋に誘ってしまい、喧嘩になりかけたシーンを見たことあるし!(最終的にはそのヒロインはおいしいと言って食っていた。真岡はラーメンが好きなのかもしれない)
女子にとってラーメン屋は地雷! 俺は詳しいんだ!
俺が矢継ぎ早に言い訳を重ねる。すると、エリスは俺の慌てぶりに満足したのか、
「大丈夫、冗談だよ」
と、表情を緩めた。そのくりっとした瞳が細められる。
「な、何だよ……」
肩の力が抜ける。
と思ったのに、
「でも、だったらラーメンでなくていいから、今度は悠斗から誘ってほしいな」
「……え?」
「この前も今日も、誘ったのわたしからだったでしょ? 今日はわたしに目的があるからいいんだけど……。だから、次は悠斗から言ってくれるとうれしいな」
「………」
エリスはそのどこか甘い吐息が混じった声でそう言うと、そのしなやかな指で俺の胸元を軽く突いてきた。
またしても、呼吸が止まった気がした。
頬が熱くなるの感じた俺は、そのエリスの真っ直ぐな眼差しを直視できずに顔を逸らす。なんとなく手元が落ち着かなくなって、頭を掻いた。
「その……エリス。前に『言ってくれなきゃわからない』って言ってたから、聞くんだけど」
「うん」
「……俺ってモテないし、女子の気持ちとかわかんないから、本気にするぞ? 俺がもし本当に誘った時、『え? あれ、社交辞令でそんなつもりじゃなかったんだけど?』とかって引くのはなしな?」
こうやって一つ一つきちんと確かめて安心できないと、俺は一歩を踏み出せない。
できるだけ顔に出さないようにしているつもりだけど、そのくらい本当はヘタレだし、女子という生き物が苦手で、怖かった。
まあ、そもそもこんな野暮で無粋で弱虫なことを聞ける相手自体、エリスくらいなものだけど。
それに、仮にエリスにそう言われてしまったとしても、彼女のことを嫌いになるなんて、もうできないけど。
だけどエリスは、強く首を左右に振ってくれた。
「うん、大丈夫。“しゃこーじれー”じゃないよ。……本気で、いいよ」
そっか。
ありがとう、エリス。
「……わかった。なら、ちゃんと誘うよ。デートコースも……その、考えとく」
「うん!」
エリスは満面の笑みを浮かべた。夏の足音とともに運んできた暖かい風が、彼女の山吹色の髪を美しくさらう。
こうして、俺はまた彼女と約束を交わした。
あの夕日の日に伝えた時と同じ気持ちと、自覚しつつある別の気持ちを同時に抱えながら。
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