陰キャな俺が外国人の金髪美少女をスクールカーストから救う話

新森洋助

第1章  彼女たちとの出会い

プロローグ前編 柏崎兄妹の災難

「はあああ!? いまさら海外転勤だってぇ!? んなもん聞いてねーぞ!?」


 この大地に生きる人間が順調に世界を破壊してきたツケか、地球温暖化やら異常気象やらの影響で、毎年どんどん開花が早くなっている気がしてならない桜の季節。

 そんな傷だらけの地球の未来を憂うことなど微塵もなく、のっけから素っ頓狂な大声を上げているのは、顔、性格、運動神経その他もろもろ平凡未満の陰キャ高校生こと、この俺、柏崎悠斗かしわざきゆうとである。


「そ、そうだよ! そんなの困るよ!」


 俺のシャウトに追随したのは、俺とは正反対でリア充の化身である我が妹、琴音ことねだ。リビングのテーブルをバンと叩いた拍子に、その少しだけ茶色に染めたショートヘアーがふわりと揺れる。


「そりゃ俺だって内示を受けたのはつい昨日で、たった今初めておまえらに伝えたんだから聞いてないのも当然だ」

 

 その転勤を言い渡された我が家の主にして、俺たちの父親である柏崎信介しんすけは、泰然とした様子でコーヒーカップに口をつけた。


「いつものことだけど、銀行の異動の発表ってホントギリギリよねえ。4月まであと3週間しかないけど引っ越し間に合うかしら。そもそも私のパスポートの期限、まだ平気だったかなあ?」

 

 緊張感なくのんびりと頬に手を当てているのは、柏崎ひかり。俺たちのお袋である。

 まあ、親父とて働き盛りの四十台にして、一応とはいえ、世界中に支店を構えるメガバンクの銀行員。このグローバル時代、こういうこともなくはないだろう。幸いなことに、これまで柏崎家はほとんど引っ越ししたことはなかったが。


 だが、問題はそこではなく。


「何でお母さんもついてくの!? あたし、今年受験なんだよ!?」


 それな。

 普通、中高生の子ども二人を抱えた父親なんて、どう考えても単身赴任一択だろう。世のお父さんはホント大変だ。ましてや、お袋は専業主婦というわけではなく、自分の仕事もしている。

 だが、お袋の結論はもう決まっているようで、


「えー? だって、せっかくの海外生活よ。お母さんも興味あるし。別に仕事も日本じゃなきゃできないってわけじゃないしね。ネットさえあれば十分。むしろ、アメリカの市場を知るチャンスだわ」


 そう。お袋は今流行りのノマドワーカーとかテレワーカーとからしく、今も家で仕事をしていることが多い。アパレルのネットショップ関係の仕事をしているらしいのだが……。俺はよく知らなかった。ぶっちゃけ興味がまったくない。陰キャとファッションの相性の悪さは異常。


「で、でも……!」

「それに、異国の地で久しぶりの夫婦水いらず。色々と盛り上がったりしちゃうかも。ふふつ、ひょっとしたら、帰ってくる頃にはあなたたちに弟か妹がいるかもね?」


 食い下がろうとする琴音をスルーし、お袋はコロコロとした無邪気な笑顔で、実の子からしたら気色悪いことこのうえない下ネタを平気で放つ。琴音は一瞬意味が理解できなかったようで、一度その大きな瞳をぱちくりさせてから、すぐにカーッと真っ赤になり、俺は悪い意味で鳥肌が立った皮膚をさすりながら視線を逸らす。

 親父は気まずそうに、「お、おい、ひかり。そういうのを子どもの前で……」とかぶつぶつ言っていた。……おい親父、なぜ言葉の中身については微妙に否定しない?


 顔を紅潮させたまま、琴音は反論を続ける。


「だ、だけど、今年は進路の面談なんかも何回もあるんだよ!? そのたびに埼玉に帰ってきてくれるの!?」

「今時三者面談くらい、帰国などせんでもスカイプやズームがあれば十分だろう」


 うーむ、このデジリーマン。親父は当然のように言うが、学校ってお堅いし古臭いし、そんな簡単じゃねえと思うけど。これだけITが進歩した時代でも、いまだにオンライン授業なんか一切なし。オンラインで授業受けられれば非リアにはプラスなのにな。


「それがダメでも、悠ちゃんにとりあえず代わりに出てもらえばいいじゃない。それから家族会議すればいいのよ」


 お袋が折衷案を提示するが、その意見がさらに琴音の不安という火に油を注いだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 兄貴が代理ってそれこそ冗談でしょ!? 頼りないし、コミュ障だし、ダサいし! こんなの学校に呼びたくないよ! それに、今言ってて気づいたけど、兄貴じゃご近所付き合いとか訪問セールス断ったりとかもできないじゃん!」


 何だとこのクソ生意気な妹めが。ぬかしおる。


 と反論してやりたいところだが、ほとんど当たっているだけに何も言い返せない。

 ……まあ、個人的には空気やらノリやらコミュ力(笑)やらがすべてを支配する同年代連中より、年上や大人相手のほうが話しやすかったりするのだが。とはいえ、琴音が俺をディスるのはいつものことなので、いちいちムキになる必要もない。


「わかったわかった。落ち着け、琴音。そのへんのことは考えてないわけじゃない」


 親父は琴音をなだめるなり、「んんっ」と咳払いしてから切り出した。


「さすがに、おまえたち二人だけで生活させるのは色々と不安なのは、俺も母さんも同じだ。そこでだ、おまえたちを五郎のところに預けることにした」

「え? マスターのところに?」


 五郎というのは、親父の親友である桐生五郎さんのことだ。そして、俺がバイトをしている喫茶店のマスターでもある。まさに家族ぐるみの付き合い、というヤツだ。……最近はまあ、ちょっと複雑な事情もあったりもするのだけど。


「あいつは店と一緒にアパートも経営してるだろう? そこの一室を俺の名義で借りた。2DKあるからおまえら二人が住むには十分なはずだ」

「え、で、でも、そんな、いきなり……。そりゃ、五郎おじさんや美夏姉がいい人なのは知ってるけどさ」


 さっきまでの勢いはどこへやら、琴音は途端に不安そうな表情を見せる。こいつもこいつで内弁慶……というか、自分の属するコミュニティーだけで元気な傾向がある。まあ、思春期真っ只中の中学生なんてみんなそんなもんだろうが。……いや、昔の美夏さんなんかを考えると、女子は案外そうでもないのか? あいつはともかく。


「心配するな。あくまで息子たちを目に届くところに置いておきたいってだけだ。おまえたちもお年頃、過度に大人に干渉されたくはないだろうし、五郎にはそう言い含めてある」

「二人とも、親の監視がないからって遊び回るようなタイプじゃないもんね。お母さんたちもそこは心配してないわ」


 いや、琴音はともかく、俺には羽目を外せるようなリア充な友達も仲間もいないってだけなんだが……。その信頼が逆に胸にザクザク刺さるぜ。


 ……とにかく。


「そういうことなら俺はいいけど……」


 いくら俺が尊敬するマスターとはいえ、さすがに家族でない相手と四六時中一緒の生活にはキツイものがある。だが、ある程度プライバシーが守られるなら、俺としてはそこまで異論はなかった。2DKなら、俺と琴音も今まで通り自分の部屋も確保できる。それに、住まいがマスターのところなら、俺はシフトをもっと入れてバイト代も増やせるし、メシなんかも多少は融通が利くだろう。

 

「……うん、そういうことなら、わかった、よ。だったらせっかくだし、あたしも美夏姉に進路とか将来のこととか色々聞いてみる」


 琴音も何かしら思うところがあるのか、親父の提案を渋々ながらも受け入れた。


 ……こうして、俺は両親が海外転勤で不在、妹との二人暮らしという、極めてベタなシチュエーションを図らずも手に入れることになったのだった。

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