第44話 ムチャとトロンの旅立ち。9
「ケンセイ! 無事だったのか!」
「当たり前よ! 俺を誰だと思ってやがる! それより、その子は誰だ?」
ケンセイは杖を手にポケーっとしている少女を見た。
「こいつは……名前は知らないけど、ヒケンタイって呼ばれてるんだ。なんかでっかい図書館みたいな所に閉じ込められてたのを連れてきた」
「被験体……。なるほどな、この子がそうか」
ケンセイはムチャの拙い説明で全てを察する。
すると、騒ぎを聞きつけたのか、食堂の外から多くの足音が聞こえてきた。
「なぁ、ケンセイ! この学院で何が起こってるんだよ!?」
「まぁまぁ、細かい話は後だ。今は取り敢えず逃げるぞ! 走れるか?」
ムチャが頷くと、ケンセイは食堂の窓から外へ飛び出す。
ムチャと少女はその後に続いた。
「いたぞー! 勇者だ!」
「弟子と被験体も一緒だぞー!」
城門へと向かって学院内を走るケンセイ達に、魔法使い達がワラワラと群がって追ってくる。中には杖に跨がり空から追ってくる者もいる。
「ケ、ケンセイ! こんな堂々と逃げてていいのか!? 囲まれちまうよ!」
ムチャの言う通り、左右後方からだけではなく、正面からも魔法使い達が迫ってくる。
「いいんだよ、時間がねぇから——」
しかし、ケンセイは走るスピードを緩めず、落ちている石を拾うと、
「——なっ!!」
石に赤いオーラを纏わせて、正面の石畳に投げつけた。
ボゴォン!!
すると魔法使い達は、まるで爆破されたかのように飛び散る石畳の破片を受けて、その場から吹き飛ぶ。
「すげぇやケンセイ!!」
ムチャは無邪気にガッツポーズを決めるが、ケンセイが石を投げた時に羽織っていたマントが捲れ、下に着ていたシャツの左脇腹周辺に大きな血のシミができている事に気付いたのは、ケンセイの左側を走る少女だけであった。
「さぁ、もうすぐだ!」
学院の出口である城門は、もうすぐそこまで迫っている。
城門の前には多くの魔法使いと、先程食堂でムチャ達を襲ったゴリアテ君そっくりの機構式ゴーレムが十体程立ちはだかっていた。
「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
それを見たケンセイはムチャから剣を奪い取ると、足に『喜』のオーラを纏い、城門を越える高さまで跳躍した。そして剣を両手で握ると、天高く掲げる。
「我が右手に宿る怒りよ、我が左手に宿る喜びよ……」
ケンセイの右手からは赤いオーラが、そして左手からは黄色いオーラが放たれ、剣へと流れ込む。
「我が剣上にて混ざり合い、灼熱の豪球となれ!!」
すると、剣は目が眩む程の鮮やかなオレンジ色の光を放ち、剣先にはまるで夕陽のような、丸く巨大な光の球が生まれた。
「『喜・怒』合技!!」
ケンセイは雄叫びと共に剣を振り下ろし、光の球を放った。
「日輪落とし!!!!!!」
それを見た魔法使い達は一目でその威力を察し、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。
光の球は城門と、残されたゴーレム達を包み込むように着弾し、轟音を上げて閃光と共に炸裂する。
閃光が消えた後に残されたのは、地を抉る大きなクレーターと、ポッカリと穴の空いた城門、そして哀れなゴーレム達は残骸さえも残らなかった。
「す、すげぇ……!!」
今度ばかりは流石のムチャもガッツポーズとはいかなかった。
ただ唖然として、ケンセイの力に身震いする事しかできない。
しかし、のんびりしてはいられない。
ムチャと少女は着地したケンセイと合流すると、クレーターを走り抜け、城門に空いた穴を潜り抜けようとする。
しかし————
バチッ!!
先頭を走っていたムチャの体に衝撃が走り、ムチャは城門から弾き飛ばされて地を転がる。
「ムチャ!?」
ケンセイが目を細めて城門を見ると、城門の穴にはうっすらと魔力の膜が張られていた。
「いててて……何だよ今のは?」
「結界か……」
そう、学院の城門はただの物理的な門ではなく、重厚な門と魔力による結界の、二重の城門だったのだ。
すると、たたらを踏んだ三人の背後から、緩やかな拍手の音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「やぁやぁ、流石は勇者エクセル。なぜ私に止めを刺さなかったのかは知りませんが、足手まといを二人も連れて、ここまでやるとは大したものですね」
三人が振り返ると、そこにはズボンを濡らしたままのセシルがいた。
「その結界はかつて魔王軍の大軍を退けた程の結界を、更に強力に改良したもの。いくら勇者と言えども一人で破れるものではありませんよ。さぁ、被験体をこちらに返して、大人しく死んでください。まぁ、その傷ではどの道長くはないでしょうが」
「……傷?」
その時ムチャは、ケンセイのマントに血が滲んでいる事に初めて気が付いた。そしてその足元に滴る血の量に顔を青くする。
「ケ、ケンセイ! その傷!?」
ケンセイは深く息を吐くと、ゆっくりとムチャの方を見た。
そして、笑った。
「おいおい、お笑い芸人がなんて顔してんだ? いつも言ってるだろ、芸人は常に笑顔でいなきゃいけないって」
「でも、ケンセイが……」
ケンセイはムチャの言葉を遮るように、その頭をくしゃくしゃと撫でた。そしてセシルに背を向けると、結界へと歩み寄る。
「ケンセイ! 何する気だよ!? ケンセイ!」
ケンセイの右手が、静かに結界へと触れた。
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