第1話 お笑いコンビ現る。1

 その日、サミーナ王国ムイーサ地方の片田舎にあるコッペリ村では、明日に控えた年に一度の村祭りの準備が行われていた。


 広場では村の大人達が出店の用意をしたりステージを組んだりとあくせく働いており、子供達は村の伝統であるコッペリ音頭の練習をしている。その顔には皆一様に汗と笑顔が浮かんでおり、明日の祭りを楽しみにしているのが見て取れた。


 その様子を、一人だけ仏頂面ぶっちょうづらで村役場の二階から見下ろしている男がいた。


 偉そうなちょび髭と膨らんだ腹が特徴的な男の名はドリス。このコッペリ村の村長である。

 どうやらドリスは村長でありながら祭りに積極的に参加する気は無いようだ。


「ふん……祭りか」


 ドリスは十年前、魔王軍とサミーナ王国軍との戦争で、王国軍に参加していた一人息子のノリスを亡くしていた。結果的に魔王は勇者に倒されたものの、以来ドリスは祭りや祝い事に参加するのがはばかられるようになったのだ。


 しかし、いくら祭りに参加する気が起きずとも、最低限の仕事はしなければいけないのが村長の辛いところだ。


 ドリスがパイプをくゆらせながら窓の外を眺めていると、一人の村人が村長室に飛び込んできた。


「村長、トラブルです!」

「どうした?」

「祭りで出すパイの材料が足りません!」

「もう業者に発注してある。そろそろ届くだろう」


 ドリスがそう言うと、村人は胸を撫で下ろして村長室を出て行く。

 すると、今度は別の村人が村長室に飛び込んできた。


「村長、トラブルです!」

「どうした?」

「明日のステージに出演予定だった芸人一座が食中毒で来れなくなったそうです!」

「なら替わりに酒場のドマにギターでも弾かせろ」

「ドマは夫婦喧嘩で右腕を複雑骨折してます」

「じゃあ、ダンスが得意なトラッフ一家はどうだ?」

「一家全員水虫にかかり踊れないみたいです」

「じゃあ、木こりのリム爺さんの腹話術でどうだ?」

「去年死にました。葬式したじゃないですか」

「それなら子供達に歌でも歌わせてお茶をにごせ」


 ドリスがそう言うと、村人はに落ちない様子で村長室を出て行く。

 すると、またまた別の村人が村長室に飛び込んできた。


「村長、トラブルです!」

「今度はなんだ!?」

 ドリスが苦虫を噛み潰したような表情で怒鳴ると、村人はおずおずと用件を告げる。


「む、村の入り口に行き倒れがいます!」

「なぁにぃ?」


 ドリスは二匹目の苦虫を噛み潰した。


 ☆


 村人と共に村役場を出たドリスは村の入り口へと向かった。

 すると、そこには確かに二人の行き倒れが仲良く並んで倒れていた。


 行き倒れ一号はまだ幼さが残る十三〜十四歳程の年頃の少年で、背にさや付きの剣を背負っている。そして行き倒れ二号は一号と同じくらいの年頃の少女で、手には身の丈ほどの大きさのある杖を握っていた。


「ずいぶん若いな。冒険者か?」

「さぁ……」

 剣と杖を持っているところを見ると、確かに駆け出しの冒険者である剣士と魔法使いに見えない事もない。大方一攫千金を夢見てどこかの田舎から出てきた若者だろうとドリスは思った。


「生きてるのか?」

「さぁ……」

「さぁ……じゃわからんだろうが」


 ドリスは少年の頭を爪先でつつこうと足を近付ける。

 すると、少年の手が素早く動きドリスの足首を掴んだ。

 ドリスが驚いていると、少年は砂塗すなまみれの顔を上げ、呟く。


「み、水を……」


 そして息絶えるように再び地面に顔を突っ込んだ。


 グゥゥゥギュルルルル


 その直後、少女の腹の虫が辺りに鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る